ラストマッチBACK NUMBER
<現役最終戦に秘めた思い(26)>村上茉愛「自分ではなく、誰かのために」
posted2022/02/02 07:01
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Asami Enomoto
東京五輪で日本女子体操・個人種目初のメダル獲得。栄誉を胸に、そこで戦い終えてもよかったかもしれない。しかし、銅メダリストにはやり残したことがあった。
2021.10.24
世界体操競技選手権
成績
平均台 3位(13.733点)
ゆか 1位(14.066点)
◇
北九州の空はよく晴れていた。秋の乾いた空気が清々しかった。
2021年10月24日、世界体操競技選手権・種目別決勝の朝、村上茉愛はタクシーで総合体育館へと向かっていた。市内から15分の道すがら、ずっと窓から外を眺めていた。
《景色を眺めながら、今日が最後なんだなと考えていました。朝起きて試合会場に向かうことも、ユニホームを着ることも、試合用のメイクをすることも、すべてこれが最後なんだと。でも名残惜しいということではなく、ここまでよくやってきたなあという気持ちでした》
この世界選手権を最後の舞台にしようと決めたのは夏の東京オリンピックが終わった後だった。
母国で開催されたスポーツの祭典、村上は得意のゆかで日本女子個人種目史上初めての銅メダルを獲得したが、ひとつだけ心残りだったのが、無観客だったことだ。
《やはり最後は自分のためではなく、人のために体操をしたいという気持ちが強かったんです。誰かに見てもらいたかった。五輪が終わってコロナの影響が少し落ち着いて、世界選手権が有観客となった時点で出場しようと決めました。これを最後の試合にしようと》