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“平凡な女流棋士”だった22歳の決断「自分を変えないと、ここから先には…」渡部愛がすがった“将棋界初のコーチング”とは
text by
いしかわごうGo Ishikawa
photograph byYuki Suenaga
posted2022/01/20 17:00
インタビューに応じてくれた渡部愛女流三段
「将棋の何を教えて欲しいのですか」
野月からの返信には「自分に協力できることがあれば」と書いてあった。ホッと胸をなでおろしたと同時に、こんな言葉も付け加えられていた。
「将棋の何を教えて欲しいのですか」
将棋界で「将棋を教えてください」という言葉は、練習将棋を指してくださいという意味合いが強い。渡部もそのつもりで申し出ていた。しかし「何を教わりたいのか」と問われて、具体的に何を学びたいのかも考えていなかった自分の浅さを痛感した。
「技術面が一番なんですけど、甘かったですね。確かに『何をだろう?』と思いました。お願いする前は、そんなことも考えたことがなかったんです。女流棋士として活動はしていましたが、何も将棋を知らなかったなと思います」
一方、野月にとっての渡部は、中井女流六段の弟子として認識している程度だった。棋戦で目立った活躍をしているわけでもなく、タイトル戦に出るような有望株でもない。同郷のよしみもあって相談には応じたが、何を習いたいのか。それを本人に会って確認することにした。
「将棋を教えてと言われても何を教えれば良いのか、と尋ねました。でも、彼女は何を習えば良いのかもよくわかっていなかったと思います。どれだけ本気で普段の練習から将棋に取り組むのか。カリキュラムを作るのはこっちですし、自分も棋士として過ごす時間の中でやらないといけないので」
「スポーツの世界のコーチを取り入れてみよう」
現役の棋士である野月は、指し盛りの40代である。少なくとも、勝負の世界から一線を退くようなキャリアではない。プレイヤーである自分が本格的に指導するならば、自らの研究時間を割いて取り組むことになる。温度差があっては、お互いに損である。
だから、本当にタイトルホルダーになりたい気持ちはあるのか。その意思を確認した。「なりたいです」と話す渡部の言葉が本気であることを受けて、協力することを野月は決めた。
幸いだったのは、そのタイミングかもしれない。同郷という縁もあるが、野月自身も北海道での指導に力を入れ始めていたからである。そして将棋界随一のサッカーファンで知られる彼は、スポーツ界におけるコーチングに興味を持っていたのだとも話す。
「後進の育成と北海道のへの恩返しも兼ねてやろうと思ったことと、スポーツの世界のコーチを将棋に取り入れてみようと考えていたんです。Numberさんもたくさん読んでますし(笑)、将棋界でもコーチングを取り入れようと思ったのがきっかけですね。だから、将棋を教えるというよりも、コーチみたいな関係です」
そして、こう笑った。
「彼女には悪いけど、自分の実験台になってもらおうと思いました(笑)」
こうして将棋界では初の試みとなる、現役棋士による女流棋士へのコーチングが始まった。
自分を変えようとした渡部が必死にすがった糸はつながり、初タイトルとなる女流王位を手繰り寄せるのは、ここから2年後のことである。<第2回に続く>
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