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[四冠のその先へ]激しく美しい1年の始まり
posted2022/01/20 07:07
text by
北野新太Arata Kitano
photograph by
Takuya Sugiyama
王将と竜王の名が紹介され、扉は開いた。
渡辺明に続いて歩く藤井聡太の足元は、いつものスニーカーだった。あの29連勝を達成した直後に履き始めたパトリックの定番モデルの黒。東へ西へ、夏も冬も。慣れた靴で軽やかに時代を疾走して6年目になった。
1月8日、静岡県掛川市で開催された第71期王将戦七番勝負第1局の前夜祭。頂上決戦に臨む前の挨拶で、19歳は「掛川城の天守も見え、素晴らしい雰囲気の対局場だなあと感じました」と語った。猛る武将とは程遠く、澄んだ顔をしていた。
直前の会見で訊いた。渡辺は掛川対局で6戦不敗だが知っているか、挑む上でのモチベーションになるかと。藤井はなぜか楽しげな表情を浮かべ「今、初めて伺ったのですが、あまり嬉しくないことを聞いてしまいました」とジョークの気配を漂わせながら応じた。さらに「自分自身は掛川での初対局になりますので、フラットな気持ちで全力を尽くしたいと思います」と如才なく言った。
2022年、対局室に和装の藤井がいるのは日常の風景になった。王将挑戦で幕を開ける一年は棋聖、王位、叡王、竜王の防衛戦が控える。王座挑戦の権利も残される。年内六冠、来春にも棋王と名人を連続奪取して20歳で八冠制覇……という短絡な皮算用がある。史上最年少名人と八冠を同時達成するには、敗退知らずのままタイトルを15連続獲得しなくてはならない。そんなことあるわけないだろう、という常識は、過去6度のタイトル戦を全て制しているという現在地の非常識によって揺らいでしまう。