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「何度も無理だと思った」那須川天心vs武尊はなぜ実現した?「キック卒業を伸ばせないか」榊原信行の提案に“神童”の答えは… 

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布施鋼治

布施鋼治Koji Fuse

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photograph bySusumu Nagao

posted2022/01/16 17:03

「何度も無理だと思った」那須川天心vs武尊はなぜ実現した?「キック卒業を伸ばせないか」榊原信行の提案に“神童”の答えは…<Number Web> photograph by Susumu Nagao

昨年12月24日、金屏風を背に行われた那須川天心vs武尊の発表会見は、格闘技界にポジティブな驚きをもたらした

 双方の意見を尊重した結果、A案もB案も実現には至らなかった。榊原はこの一戦にとことん携わろうと心に決めたが、自分が代表を務めるRIZINのリングでやることは潔く諦めた。「もっと中立な舞台でやらないといけない」と。

「もともと僕が代表を務める会社(ドリームファクトリーワールドワイド)で別イベントを立ち上げる、という形ではなく、各団体の代表が集って大会を運営する製作委員会スタイルにすることは決まっていましたから、『中立のリング』でというのは自然な形だと思う」

“6月開催案”に那須川は「何を言っているんですか」

 2022年6月開催案が浮上したのは、昨年10月後半だったと記憶しているという。

「8~9月の時点では、12月29日にこの一戦を組む予定で、続けて31日にRIZINをやる。それでなんとかいけるんじゃないかということで、フジテレビさんとも調整していましたからね。それがまったくの白紙になって、あらためて別の一手を講じる必要があった」

 2021年の開催が無理になったとしても、ここで諦めたらプロモーターの名がすたる。榊原は思い切って発想の転換を図ることにした。

「22年4月に予定されているRISEでの引退試合のあと、もう1試合やってもらうことはできないだろうか」

 おそるおそるキックボクシングの“卒業延長”を提案したが、ボクシングへの転向の時期をはっきりと表明していた那須川の反応はやはり冷たかった。

「何を言っているんですか。僕は4月で辞めますよ」

 では、どうやって那須川を説得したのか。榊原は「まだ明かせないこともある」と前置きしつつ、そのひとつとして那須川を支える“TEAM TENSHIN”の存在が大きかったと打ち明ける。

「やっぱり武尊戦を実現させたい。やらなければ悔いを残すことになる」

 チームの中に残っていた、そうした声が那須川の背中を最後に押してくれたのだろうか。<後編へ続く>

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