オリンピックへの道BACK NUMBER
「間違ってなかったな」体操・村上茉愛が《世界体操で優勝して引退》で晴らした“東京五輪唯一の心残り”とは
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byAsami Enomoto
posted2021/10/31 06:02
表彰台の頂点に立った村上は、金メダルを手にすると感情を抑えきれず、涙を流した
のちにゆかの決勝の映像を見返して感じたのは、「これ、ほんとうに私?」だった。
「集中していてゾーンに入っている顔をしていて、『この人、かっこいいな』と思います(笑)」
それほどの達成感があったため、自国開催ではあっても、世界選手権に出場すると簡単には言えなかった。
オリンピックのメダルは確かに「自分へのプレゼント」にはなった。でも、まだ贈っていない相手がいるという思いが募っていた。
1つは観客に対してだ。コロナのもとでのオリンピックは無観客での開催だった。
「無観客の試合が初めてで、空気感に戸惑いがあって……。お客さんがいて試合だ、という感覚があるので」
もともと応援が励みになるアスリートでもある村上だから、違和感は少なからずあった。しかし新たに見据えた舞台に期す思いをこう語っていた。
「無観客が唯一の心残りだったので、有観客で試合がある以上、最後、皆さんに最高の演技を見てほしい思いがあります」
応援し続けてくれた母の前で
そしてその観客の中には母親も含まれていた。
体操の道に導いてくれた母は、ずっと応援し続けてくれていた。2019年の世界選手権は怪我により出場できず、それからしばし経ち、コロナの感染拡大で練習の自粛をよぎなくされた。昨年春には母に思わず苦しい感情を吐露したこともあった。
「怪我のストレス、自粛のストレス、母に毒を吐くように、悪口を言うように、いっぱい言いました。『こんな状態で東京に間に合うわけないじゃん、東京があるかどうかも分からないし』って。
でも母は受け止めてくれました。『うんうん』と受け入れてくれて、応援してくれて。支えてもらいました」
五輪の選手村を出たとき、迎えに来てくれた母に「ありがとう」と伝え、首にメダルをかけてあげた。