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「自分より、娘も、家族も限界でしたから」荒木絵里香(37)が一石を投じたキャリア選択《18年の選手生活を終えて》
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byKYODO
posted2021/10/08 11:05
記者の質問に丁寧に言葉を紡ぐ荒木絵里香。清々しい表情が印象的だった
国際大会やその前後、合同取材の場では、ほぼ100%聞かれた。
「合宿の前、娘さんはどんなことを言っていましたか?」
「娘さんと離れて寂しくないですか?」
玄関にバリケードをつくった話や、「バレーと和香ちゃん、どっちが大事なの!」と迫られた話。母の日にもらったプレゼント。その時々、エピソードを交えながら娘のことを披露してきたが、その都度、笑顔の陰では疑問も抱いていた。
「子どもを犠牲にしても頑張る、と美談に書かれがちだけど、そうじゃないですよね。自ら選んでいるし、働いている母親も山ほどいる。ただ私の働き方はこうだ、というだけで、だから子どもがかわいそう、と見られるのは嫌だし。こういう人もいるよね、というひとつの例で、いろんな意見があっていいと思うんです」
“こういう人もいる”。
その前例が、バレーボール界はもちろん、日本のスポーツ界では圧倒的に少ない。出産すれば身体も生活も変わり、そのうえでトップアスリートであり続けるのは並々ならぬ覚悟が求められる。
出産を経て復帰後、所属した埼玉上尾やトヨタ車体は最大限の環境を整え「さまざまな配慮をしていただき、育児環境も競技生活もとても恵まれていた」と荒木は引退会見でも感謝を述べた。だが代表選手となれば、国内外での長期合宿や試合に参加する期間も長く、家族の協力は不可欠。まだまだ日本のスポーツ界で出産後の女性選手が子育てをしながら競技生活も極める環境が整っている、と言うには遠く及ばない。
それでも、荒木は自ら選び、貫いた。
長期に及ぶ合宿で離れる時に娘が泣き叫ぶ声に身が引き裂かれそうになっても、自らを奮い立たせる。日本代表でもトヨタ車体でも、人一倍ウォームアップやケアに時間を割き、「疲れがとれない」とぼやきながらも、黙々と練習に励み、準備を重ねた。そして、勝負所では何本のブロックポイントを叩き出したことか。
その背中はこれからに続く多くの選手たちにとっては「憧れ」で、ネットを挟んで対戦すれば、その手は紛れもなく「脅威」だった。