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イチローと智弁和歌山ナインの距離が縮まった“10回ジャンプ” 「ものさし」を知った濃密な3日間〈夏の甲子園〉
text by
米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byJIJI PRESS
posted2021/08/24 06:00
3日間、智弁和歌山高校の練習に参加したイチローさん。選手たちはその一挙手一投足に刺激を受けた
空気が一変した2日目のノック
テレビ、新聞・通信社の代表取材が入ったのは最終日の3日目だった。その映像を見ると、選手たちが随分打ち解けた様子で、イチローさんも選手も楽しそうに野球をしていて、智弁和歌山らしいなと感じたのだが、中谷監督によると、さすがに初日は、憧れの人を目の前にして選手たちは緊張し、「どんなことを教わるんだろう」と構えていたという。
空気が一変したのは、2日目のある出来事がきっかけだった。
外野ノックの間、イチローさんは2日目はまだ守備につかず、選手たちのそばで気づいたことを助言していた。
最後の外野手のバックホームが終わった時、イチローさんがちょうどライトにいることに選手たちが気づき、「あ、ライトにイチローさんがいるなら……」と、やや遠慮がちながら、「レーザービーム!」とあおった。
肩冷えちゃってるよーと言いながらも、イチローさんはリクエストに応え、中谷監督がノックを打ったのだが、打球がイレギュラーし、イチローさんがボールを後ろにそらしてしまった。
その瞬間、イチローさんは、エラーしちゃったからと自らペナルティーとしてその場で10回ジャンプした。
それを見た選手たちが、「イチローさんがジャンプやってるのに、僕らが立ってるわけにいかない」と、全員でジャンプした。
「そこから一気にぐっと、イチローさんと選手たちの距離が縮まりました。空気感が固まる一瞬だったのかなと思います」と中谷監督は振り返る。
勝負するための「ものさし」
報道されたイチローさんの助言の中で、盗塁に関しての、「僕は(投手のクイックタイムが)1.2秒台だと難しかった。1.3秒以上かからないと成功しないスピードだった」、「ギャンブルのスチールは僕くらい(のスピード)ではできない」といった言葉が個人的に印象に残った。
中谷監督も、「イチローさんが『僕くらいでは』って……(苦笑)。自身のものさしをしっかり持っているというところは、選手たちがすごく感銘を受けた部分じゃないでしょうか」と語っていた。
高校生の彼らが生まれた頃にはすでにスーパースターで、雲の上の存在だったイチローさんも、決してスーパーマンではなく、不可能なこともあって、それを自身で見極めた上で緻密に計算し、勝負するためのものさしを定めていた。選手たちがそれを知れただけでも大きい。