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《愛される先輩》水谷隼32歳が“後輩2人”を語る「チョレイ!と叫ばない張本が楽しみ」「伊藤選手は突拍子もない人で…(笑)」
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byJIJI PRESS
posted2021/08/28 17:03
混合ダブルス決勝で中国の許昕・劉詩雯組を破った水谷隼・伊藤美誠組
「なにしろ初めてのオリンピックですから、大会前はプレッシャーを感じていたと思います。『どうもグリップがしっくりこないんです』と漏らしていて、ラケットもグリップも生き物じゃあるまいし、大丈夫かなと思ってました。それほど手、指の感覚が敏感になっていたんでしょうね」
張本はシングルスの4回戦で、ヨルギッチ(スロベニア)にゲームカウント3―4で敗れてしまう。
「大会前の状態を考えると、仕方がないと思いました。ただ、張本がすごかったのは、そこから団体戦までに立て直してきたことです。ドイツのオフチャロフ、韓国の張禹珍と相手のエースにもしっかり勝って団体戦は全勝。この勝利は、張本の今後の財産になると思います」
「チョレイ!と叫ばない張本が楽しみ」
今回はチームメイトであるが、代表入りが決まるまではライバルでもあった。特に、張本が台頭して来てからはメディアの風向きも変化したことを水谷は感じ取っていた。
「メディアの人たちは、やっぱり若い人が好きなので、僕が張本に負けると、『新時代到来』とか、『水谷は終わった』みたいなこと書かれるんですよ。あれ、なんとかなりませんかね(笑)。それはともかく、激しい競争が日本を支えているのは間違いないですが、30歳を過ぎてからは正直、キツい面でもあります」
水谷は目の病気のこともあり、東京オリンピックを最後に国際舞台からは身を退くつもりだが、将来の日本を背負って立つことになる張本が、どう成長していくかを見るのも楽しみだという。
「張本の持ち味は、なんといってもあの闘志あふれるプレーです。ただし、あれが出来るのは『10代限定』でもありまして(笑)。感情の揺れが激しいと、悪い方向に向かってしまう場合もありますから。選手にはいい時もあれば、悪い時もあって、スランプは避けられない。一時期、張本は打倒中国の切り札のように扱われていた時期があり、そのあと、厳しい時期に入りました。誰もが通る道です。そうすると、どうしてもいい時の自分に戻ろうとして、無限ループに入ってしまう。今回は大会の途中に立て直せたことでいい経験になったと思うし、きっと、どこかのタイミングで気持ちをコントロールする時期が来るんじゃないでしょうか。チョレイ! と叫ばない張本が(笑)。そうすれば、より安定した卓球が見られるようになると思います」
水谷も10代から活躍し、出世が早かっただけに張本の成長曲線の起伏に、自分を重ね合わせる部分があるのだろう。水谷のこの言葉を念頭に、今後の張本の成長を見守りたいと思う。
長年、日本の男子卓球界を背負ってきた水谷。東京オリンピックでは、伊藤美誠、そして張本智和とも一緒に戦ったことで、次世代に大きな財産を残すことが出来たのではないか。
中学時代からドイツに渡り、20年近く最前線で戦ってきた水谷にスタンディングオベーションをおくりたい。
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