「まず、伊藤選手はオールラウンダーですから、いろいろな技術を持っています。サービスにしても多彩ですし、そうなると、自分が対応しなければならないことも増えます。だから、試合を戦えば戦うほど、伊藤選手のスタイルに慣れていけました」

　そしてもうひとつ、「伊藤を理解すること」が重要な要素だった。

「準決勝、決勝では、自然と彼女の精神状態に自分を重ねることが出来たんです。なんも考えずに、伊藤選手のプレーに自分も自然と対応できるようになっていったんです」

　伊藤が変則的な球を出すと、相手も不意打ちを食らい、妙な回転の球を返してくる。それを拾うのは水谷だ。難儀なことこの上ないが、球さばきのうまい水谷の能力がいかんなく発揮され、ふたりは最強のペアになっていく。

　オリンピックで一緒に戦い、ふたりは世界一のペアへと成長したのだ。

　幼少期から伊藤のことを知る水谷は、彼女を開拓者として捉えている。

4大会連続で五輪に出場、東京五輪を含めて金メダル1、銀メダル1、銅メダル2を獲得　©Nanae Suzuki

「伊藤選手はリオデジャネイロ大会の前から台頭してきたわけですけど、ラバーの話をすると、伊藤選手は表ソフトを使っていて、これがユニークな戦い方を生み出していました。ただし、強烈な回転をかけやすい裏ソフトが主流なのは間違いなく、関係者の間では『表ソフトでは将来は厳しいかもしれないね』という話は出ていました。ところが、伊藤選手はそうした概念をことごとく覆してきたんです。逆チキータをはじめ独創的な技術を自分のものにして、まったく異質の新しい戦型を生み出してきた。これはすごいことなんです。とにかく突拍子もない人なので（笑）、きっとこれからもみんなを驚かせてくれるんじゃないですか」

　郷土の先輩として、後輩の成長を楽しみにしているようだ。

『水谷さんのための舞台が整いましたね』

　そして男子団体で水谷は、18歳の張本智和とともに戦った。

「銅メダルがかかった3位決定戦では、僕はダブルスで1勝をあげていたので、あとは張本に任せて、彼が2勝するようにお祈りするだけだと思ってたんですが（笑）。2勝1敗で自分の番が回ってきました」

　試合に向かう時、張本が水谷に声を掛けてきたという。

「『水谷さんのための舞台が整いましたね』と張本が言うんです。最後、2勝2敗でメダルがかかった試合を張本が戦うのも酷かなと思いましたし、張本が自分に期待してくれているのかと思うと胸に熱いものがこみ上げてきました」

男子団体、銅メダルを決め張本が水谷に飛びついてきたシーン　©AFLO

　結局、水谷は銅メダル獲得を決める勝利をあげたが、張本が真っ先に水谷に飛びついてきた。水谷の貫禄が見えた試合だった。

　北京オリンピックから数えて4回目となる水谷には、張本のオリンピック期間中の心の揺れが見えていた。

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