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「終わったな」「何やってるんだろう」 “27歳初出場で金メダル”新井千鶴の「積み上げてきたものが違う」柔道人生
posted2021/07/29 17:04
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Naoya Sanuki/JMPA
最後の最後に、やっと表情が変わった。一戦一戦勝ち上がって、変わることのなかった顔に、笑顔が広がった。
7月28日、柔道女子70kg級で新井千鶴が金メダルを獲得した。
試合での表情は、悔しさと失意を繰り返し、27歳とベテランの域に入って初めて立てたオリンピックという柔道人生そのもののようだった。
新井は初戦となった2回戦から一本勝ちを続け、好調な立ち上がりを見せる。
準決勝では、マディナ・タイマゾワ(ROC=ロシアオリンピック委員会)との一戦を迎える。今年5月に行なわれた国際大会「グランドスラム・カザン」の準決勝で敗れた難敵だ。それはまさに、死闘だった。
譲らない両者の戦いは試合時間の4分間では到底決着がつかず、ゴールデンスコア(延長戦)へ。ここでもお互いに譲らない。新井が寝技で抑え込もうとする場面も何度かあったがタイマゾワは必死に逃れる。おそらくは前の試合で負傷したのだろう、右目上を大きく腫らしてのその粘りもまた、見るべきものがあった。
「うまくいくことは少なかったですが」
ようやく勝負が決したときは16分41秒。送り襟絞めで一本、リベンジを果たし、決勝に進出する。
決勝はミヒャエラ・ポレレス(オーストリア)。序盤から積極的に仕掛ける新井が小外刈で技ありを奪う。時間は経過し、守りに入ってもおかしくはない局面でも新井は技をかける。そのタイミングでポレレスは返し技を狙う。それを承知で攻め続けた。最後はポレレスが投げてつぶれたところを新井が寝技で攻める状況で4分が過ぎた。新井はこの瞬間、ようやく表情を崩した。
「うれしいです。そのひとことです」
第一声で気持ちをこう表した新井は、続けてこう語った。
「ほんとうにこの舞台に立つため、1年1年うまくいくことは少なかったですが、自分がいちばんになるのだという思いで、積み上げてきました。そういう自分に最後、悔いだけは残したくないなと思って気持ちで戦いました」
目に涙が光った。