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[兄妹金メダルの深層(1)]阿部一二三「父と歩んだ完勝への道」
posted2021/07/29 07:05
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
KYODO
必ず金メダルを獲る――見事に有言実行を果たした23歳の柔道家の原点は、幼き頃の父との日々にある。切磋琢磨した妹と共に五輪初の快挙を成し遂げた兄は“史上最強”を目指して、大いなる一歩を踏み出した。
阿部一二三は決勝戦を目前にした控室でモニター画面を見つめていた。午後6時57分、隣の試合会場から拍手が聞こえてきた。妹の詩が金メダルを決めたのだ。阿部はその瞬間にスッと椅子から立ち上がった。
「絶対にやってくれると信じて見ていました。自分もやらなければならないという重圧はなくて、燃える気持ちしかなかった。妹に良いパワーをもらった」
がらんとした無観客の会場に以心伝心の血縁者がいるのは大きなアドバンテージには違いなかった。ただ、熱い心にまかせて戦うほど阿部は青くなかった。
ファイナルの相手はジョージアのマルグベラシビリだった。最大のライバルと目されていたイタリアのロンバルドも、韓国のアン・バウルもすでに姿を消していた。この舞台が保証されたものなど何もない戦場であることを知っていた。
「試合では冷静でした。あまり組ませてもらえないことはわかっていたので、ワンチャンスをものにする柔道をしようと考えていました」
かつてのように、がむしゃらに投げにいく姿はなかった。組み手で牽制し、返し技を警戒しながら、好機をうかがった。
23歳は冷たく研ぎ澄まされていた。
開始から1分50秒、その瞬間がきた。左手で相手の袖をつかむと同時に大外刈りを繰り出した。スローモーションでも見出せないほどのわずかな隙を逃さずに、技ありを奪った。