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敗退後の瀬戸大也は銀メダル・本多灯に“ある言葉”をかけていた “王者の活動停止”が19歳にもたらした影響とは
posted2021/07/29 06:01
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Getty Images
ここいちばんで、最高の泳ぎを見せた。
7月28日、競泳男子200mバタフライ決勝。19歳の本多灯は、初めてのオリンピックで、銀メダルを獲得した。
最後の50mが白眉だった。ここまで4位と好位置につけると、スパート。渾身の追い上げを見せた本多がタッチする。
順位は「2」。掲示板に目を向けた本多は、腕を力強く突き上げた。
「自分の思い通りのレースができて、銀メダルが獲れて、うれしいです」
「誰よりも楽しむことを意識して、入場から全部やり通しました」
笑顔が絶えなかった。
自己ベストを塗り替える会心の泳ぎ
200mバタフライは、近年では2004年のアテネ五輪で山本貴司が、2008年北京、2012年ロンドンでは松田丈志が、2016年リオデジャネイロでは坂井聖人がメダルを獲得。その流れを受け継ぎこの種目で5大会連続のメダルであり、今大会、苦しい展開が続いていた日本男子にとって光明となるメダルでもあった。
タイムは1分53秒73。自己ベスト1分54秒88を塗り替える好記録もまた、このレースが会心の泳ぎであったことを示している。
「自分が思った通りのレースプランが今回、できたと思っています。100mまでは隣の選手に勝つくらいの勢いで頑張って、最後の50ではすべてを出し切ることだけを考えていました」
「昨日(準決勝)、一昨日(予選)はプレッシャーが自分の中ですごいあって、今日は端っこのコース(8レーン)だったので自分のレースをしたらいいんじゃないか、となれました」
勝ち上がることにプレッシャーのあった予選、準決勝から一転。失うものがないことを強みに、「持ち味は最後の50mなので、そこで『本多が来た』と思わせられるレースをしたいです」と語っていた長所を発揮し、思い描いていた通りの泳ぎだった。