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「金メダル以外いらない」俳優・藤本隆宏がストイックすぎる五輪代表&日本記録スイマーになるまで「自分を認めてもらえる場所が水泳だった」
posted2022/07/26 17:00
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Takuya Sugiyama
NHKドラマ『坂の上の雲』広瀬武夫役やTBS日曜劇場『JIN-仁- 完結編』で西郷隆盛役を演じ、その演技が話題になった藤本隆宏。藤本は俳優となる前に、水泳選手として2度のオリンピック出場を果たしている。異色の経歴を持つ藤本に水泳選手としての競技人生、そしてその後の俳優人生について聞いた。(全3回の1回目/続きの回は#2、#3)
演技と競泳、藤本隆宏の2つのまったく異なる分野での活躍は脚光を浴びてよいにもかかわらず、長らくの間広まることはなかった。
「オリンピックに出たこと、水泳の選手であることを公にしないようにしていました。ずっと水泳を消し去ろうとしていました」
華やかなキャリアからなぜ逃れようとしたのか。そこには全身全霊をささげて打ち込んだからこその挫折があった。
手作りのビニールハウスのプールで水泳を始めた
藤本は6歳で水泳を始めた。家の近くにプールがあり、兄が通っていた。その背中を追った。
そのプールは、ただのプールではなかった。
「手作りのビニールハウスのプールです。我々子供達も増設の際に土掘りなどお手伝いしました。ビニールハウスが1つあって、土の上に板を敷いただけなのですが体操場、それにお手洗いと更衣室、4コースか5コースの25mプールがありました。ただ、ビニールハウスは50mでもおさまるサイズだったので、『50mプールを作ろう、みんな手伝え』ということで掘って作り上げました」
古タイヤを燃やして水を温め、暖房のかわりにもした。そこで中学3年生まで水泳に打ち込んだ。
「環境はよいわけではなかったけれど、だからこそ逆に愛着がありました」
なぜか強い。不思議な学校『宗像水泳学校』
環境もさることながら、指導も独特だった。
「『宗像水泳学校』と言うんですけど、コーチは第一線で活躍した元代表選手の指導者ではなく、他のお仕事を持ちながら指導もされるような感じの方でした。時々お酒の匂いを漂わせながら、竹刀でばしばし叩かれて」