スポーツまるごとHOWマッチBACK NUMBER
伝説の“阿部一二三vs.丸山城志郎”でも使用されたのに…東京五輪の柔道で日本製「世界一動かない畳」が採用されないのはナゼ?
posted2021/07/25 11:01
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
KYODO
「アスリート・ファースト」を掲げるオリンピック。当然、最良のパフォーマンスには最良の環境が欠かせないが、かけ声倒れが目につくのが実情だ。残念ながら日本のお家芸、柔道も例外ではない。
1918年創業。野良着の製造から始まった、世界有数の武道具メーカー「株式会社九櫻」は、最高峰の畳「SV230I」を製造する。もちろん国際柔道連盟と全日本柔道連盟の公認畳だが、東京五輪で陽の目を見ることはない。
製造担当者が残念そうに語る。
「当社を含めた日本の畳は機能性重視。それがコスト最優先で大量生産される、海外製の畳に負けてしまうわけですよ」
SV230Iは、1枚100×200cmで税抜き4万8000円。海外製に比べて値は張るが、それは安全性を担保する工夫が施されているからだ。
例えば海外製は畳表を糊で貼りつけているが、日本製は丈夫な糸で縫いつけている。大量生産には前者が向いているが、それをしないのには次のような理由がある。
「畳は生き物。畳表を糊づけすると呼吸ができず、高温多湿の夏場に膨張し、反対に乾燥した冬場には縮んでしまうわけです」
阿部一二三と丸山城志郎による代表決定戦でも採用
畳が縮むと、畳の間に微妙な隙間ができ、そこに足の指をはさんで傷めてしまう恐れがある。糸で縫うことで収縮が抑えられ、ケガのリスクが低減されるわけだ。
また畳には、柔道の競技特性から「動く」という長年の悩みがあった。鍛え抜かれた競技者が技を掛け合い、投げを打つたびに畳は衝撃で微妙に動き、隙間が生まれる。
「柔道畳は動かないことが大前提。しかし先生方から動く動くと言われて、試行錯誤を繰り返しました。畳に穴を開け、ワイヤーでつなごうとしたこともあります」
苦労の甲斐あって、九櫻の畳は“世界一動かない畳”と呼ばれるまでになった。全力で蹴飛ばしてもびくともしないのは、畳の底に張られた“ノンスリップシート”のおかげ。
「多くのメーカーが工夫していますが、ウチのがいちばん動かないので、国体でももっとも使われています。阿部一二三と丸山城志郎が対戦した、代表決定戦でも採用されました」
担当者は胸を張るが、五輪で使用されるのは中国畳。サンプルを見ると畳表は糊づけ、日本製では常識となっている衝撃を拡散する層もない。柔道発祥の国で培われた畳の技術。それを世界の柔道家に体感してもらえないのは、きわめて残念なことだ。