史上初めてとなるワンマッチでの東京オリンピック代表決定戦。相手はたった1つの枠をめぐって勝ったり負けたりを繰り返してきたライバル阿部一二三だった。自分たち以外には、他の選手も観衆もいない異様な空間で、24分間の死闘を繰り広げた。

　これまでの人生を丸ごとぶつけ合うような戦いの末に丸山は敗れた。

「負けた瞬間は本当に真っ白になりました。何も考えられなかったです。その中で、この先どうしようという不安だけがありました」

半年前の「24分間の死闘」を振り返る丸山　©Asami Enomoto

　勝者も敗者も泣いていた。その姿がどういう試合であったかを物語っていた。あらゆる感情を吐き出すような阿部の慟哭に対して、丸山が流したのはひたすら喪失の涙であるように見えた。

「結果をしっかり受け止めないといけないと思っていました。試合後のインタビューでも、気持ちを切り替えますと言ったんですけど……実際に次に向かっていけたかと言ったら、正直できませんでした。あの試合の後はずっと、ぼんやりした目標の定まっていないもうひとりの自分が、ただ柔道をしているという感じでした」

　前に進まなければならない。それはわかっていたが、いくら自分に言い聞かせてみたところで心は空っぽのままだった。

　年が明けて、練習拠点とする天理大の学生たちとともに畳に立ったが、抜け殻のような自分がいた。丸山の心には巨大な穴が空いていた。

あの日敗れたあと、記者会見で涙を見せた　©KYODO

「妻から結果を出してと言われたことはありません」

　そんな日々がどれくらい続いただろうか。やがて丸山は根源的なことに気づいた。オリンピックを逃したあの試合を境に人生が激変してしまったような気がしていたが、よく見てみると変わらないものもあった。

　あの試合の前も後も、自分の前には道場があり、側には妻がいた。

「妻にはずっと支えてもらってきました。感謝の気持ちしかなかった。それを結果で表したかったんですけど、それができなかった……」

　あの試合の前も後も、妻は何も言わなかった。2年前に入籍してからずっとそうだった。その背中を見て丸山は気づいた。

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