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エリクセンはメンバーに残したまま、イングランドとの決戦へ…寒村育ち“バイキングの末裔”デンマークの勇猛果敢な戦い
text by
弓削高志Takashi Yuge
photograph byGetty Images
posted2021/07/07 17:00
優勝した1992年大会以来となるベスト4進出を果たしたデンマーク。初戦のアクシデントを乗り越え、勇猛果敢な戦いを続けている
だから、主将キアルと仲間たちは悲壮な思いでグラウンドに戻った。勝っても負けても、とにかくフィンランドとの初戦を成立させる。そう覚悟を決めることで自分たちを内から奮い立たせなければ、先はない。
だから、葛藤と嗚咽を抑えてプレーした。
主将キアルの心は、仲間たちをグラウンドに連れ戻す責務を果たした後、悲鳴をあげた。再開後の63分に「監督、やっぱりこれ以上無理だ」と交代を申し出てきたのだと試合後、ユルマン監督は明かしている。
エリクセンは今も出場選手リストから外されていない
バイキングの子孫たちの肉体はともかく、彼らの心まで鋼でできているわけじゃない。
エリクセンの事故発生時の素晴らしい対応により、今大会のデンマークは美談とセットで捉えられがちだが、一方で彼ら一人ひとりもまた人間としての脆さや弱さを持っていることを忘れてはならないと思う。
2戦目のベルギー戦を前に、代表チームでは4人の心理学専門家によるメンタルケアが施されるようになった。エリクセンが快方に向かっているという朗報と彼ら自身が育った母国の原風景に少しずつ背中を押されて、デンマークは蛮勇の心意気を取り戻した。
エリクセンは今も出場選手リストから外されていない。彼は立場上、公式にデンマーク代表チームのままだ。
つまり、デンマークが欧州の頂点に立てば、初戦で倒れた彼にも名実ともに優勝チームの一員だったという栄誉が与えられる。
準決勝の相手がイングランドに決まったあとも、主将キアルは大望を隠さなかった。
「俺たちが欧州4強だなんて、それだけでも信じられないほど素晴らしい戦果だ。だが『ここで満足している』と嘘はつきたくない。こうなったら行けるところまで行く。それが俺たちの望みだ」
静寂しかない小さな寒村やフィヨルドの縁にある小さなグラウンドとその傍らにいる家族たちが、コペンハーゲンを出港して大英帝国の首都ロンドンへたどり着いた同胞たちを見守っている。
さあ、バイキングの雄叫びを上げろ。強大イングランド、何するものぞ。
ウェンブリーから勝利の凱歌を、母なる大地へ届けるのだ。