「理想は、65、66秒でおしていってラストをどこまで上げられるのかというイメージを持ちたかったんです。でも、800mから1000mあたりで気持ち的にも身体的にも余裕がなく、ラストを上げられる状況じゃなくて……ここからいくぞと思えなかったです」

　序盤は理想通りだったが、奇しくも田中が1500mや5000mで世界に勝つために必要だと語っていたスピード持久力が足りず、ラストを上げることができなかった。

「納得のいくレースができなかったです」

　田中は、悔しさを噛みしめた表情で、そう語った。

ゴール直後に電光掲示板を見る田中の表情に笑顔は見られなかった　©Asami Enomoto

　2位に終わった卜部も、悔しそうに電光掲示板を見つめた。順位とタイムを確認すると、落ち着いた表情でトラックをあとにした。タイムは、4分10秒52で自己ベストを更新。ラストの300m、田中は49秒かかっていたが、卜部は46秒で駆け抜けた。狙っていた45秒には届かなかったが練習の成果が出て、目標のひとつである自己ベストを出した。

「自己ベスト更新、ワールドランキング45位以内に入るのを目標に日本選手権までやってきて、まずは自己ベストを更新できてホッとしています。ただ、優勝まで2秒ほど差が開いてしまったので、そこを埋めていきたいですし、自己ベストを更新していく先に世界と戦うことが見えてくると思うので、またひとつひとつ記録を積み上げていきたいと思います」

　2位になり、自己ベストを更新してもなお上を見つめる。高い向上心を持つ卜部らしい言葉だった。

田中希実から約2秒後にゴールした卜部。自己ベストを更新したものの、その表情には悔しさがあった　©Asami Enomoto

卜部を支えた「笑顔で会えるのを楽しみにしているよ」

　今回、自己ベスト更新を実現できたが、ここまでグランプリシリーズを始め、レースでなかなかいい結果が出ず、心が揺らぐ時もあったという。そんな時、横田コーチを始め、スタッフが卜部の折れそうな心を支えてくれた。

　日本選手権前、横田コーチやスタッフからは、こう声をかけられた。

「蘭ちゃんとレース後、笑顔で会えるのを楽しみにしているよ」

　優しく、心にしみる励ましの言葉だった。

　これまでのいろんな思いが交錯したのか、レース後、卜部は、その話をすると涙が止まらなかった。

　2年前、日本選手権で1500mと800mの2冠を獲った時、横田コーチから「蘭ちゃん、日本選手権調子いいからイケるよ。800もいけるよ。優勝できちゃうよ」とサラッと言われて、その通りに実現した。今回の言葉は、その時以上に卜部の心に優しく響き、やる気を掻き立ててくれた。横田コーチのふとしたタイミングの何気ない言葉が心に入ってくると卜部は教えてくれたが、今回も「魔法の言葉」が卜部の力水になったことは間違いない。

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