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「納得のいくレースができなかった」田中希実が逃げ、卜部蘭が猛追…日本選手権“史上初”を賭けた女子1500mの舞台裏
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byAFLO
posted2021/06/27 17:05
日本選手権の女子1500mは田中希実が2連覇を果たし、卜部蘭が2位となった。五輪出場を賭けたレースでもあったが、代表は決まらなかった
「今季は自己ベストを更新してレースで優勝できなかったんですけど、日本選手権は、自分のベストを尽くすために集中しよう。この大会でしっかり順位のポイントを獲ればまだ(五輪出場)のチャンスがある。そう自分に言い聞かせました」
レースではラストを上げて、優勝と自己ベストの更新を実現する。2年ぶりのV奪還、そして夢である東京五輪出場のために、卜部はラストチャンスに賭けた。
田中希実「世界で1500mを戦えるようになりたい」
女子1500m決勝、レースがスタートすると、いきなり田中が飛び出した。
「タイムを目指して走りました」
田中が言うタイムとは、東京五輪の参加標準記録である。
1500mの出場権を獲得するために、田中がここまで闘志を燃やしたのは、1500mに強いこだわりと愛着があるからだ。中3の時、全日本中学校陸上競技選手権大会で1500mを走り、初めて日本一になった。勝つことの楽しさ、陸上の面白さを教えてくれたのは、1500mだった。それ以来、1500mは田中にとって特別な種目になった。
日本は、世界で1500mを戦える選手をまだ輩出していない。世界記録はゲンゼベ・ディババ(エチオピア)が2015年に出した3分50秒07で、田中の自己ベスト(4分05秒27)と15秒以上の差がある。その現実を踏まえて、「1500mで世界と戦えるようになりたいですし、1500mを極めたいと思っています」と田中は言う。そのためにスピード持久力を中心に1500mの強化を地道に続けてきたが、それがすでに東京五輪の出場権を得ている5000mの強化にも繋がっているという。
「5000mで世界と戦っていくには、1500mのスピード持久力が必要になります。世界で1500mを戦えるようになりたいですが、(1500mを)5000mに活かすという意味合いもあります」
1500mで世界と戦えるようになるには、タイムを出すことはもちろん、その世界を肌で知る必要がある。東京五輪の舞台は、失うものがなく、世界と思い切り戦える。勝負の場だが、今後、1500mを極めるためには大事な経験の場にもなる。だからこそ今回、参加標準記録を打ち破るべく、序盤から飛ばした。
2連覇でも笑顔はなかった
田中は、スタートから後続との差をどんどん広げ、最初の400mは66秒で参加標準記録を切るペース。800mは2分12秒、ペースは66秒をキープ。1200mの通過タイムは3分19秒で、800mからの400mは67秒でペースが少し落ちた。やや厳しそうな表情になり、ラスト300mになった。いつもならロケットのような猛烈なラストスパートを見せる田中だが、この日の走りにはもうひとつ伸びがない。
一方、2番手にいた卜部がぐんぐん上がっていく。ホームストレートに入ると、さらにギアが入り、田中との差を一気に詰めていった。
しかし、田中がそのままゴールし、優勝。
大会2連覇を達成したが、笑顔はなかった。タイムは4分08秒39、自己ベストからも遠く、参加標準記録を破れなかった。