槙原は先発するも、雨のため3回表でノーゲームに。これにより18日の広島戦に投げることになったのだ。雨がなければ、平成唯一の完全試合は生まれていなかった。

『週刊読売』掲載の槙原夫人手記によると、その15日の日曜夜、NHKで放送された元広島投手で脳腫瘍により亡くなった津田恒美のドキュメンタリー番組の録画を頼まれる。

　翌16日の月曜日、背番号17は福岡遠征のため自宅を出る直前まで、そのビデオを熱心に見て、こんな言葉を呟いた。

「津田さんは野球がやりたくてもできなかった。オレは投げられるだけ幸せだと思うよ」

　津田は槙原より3歳上だが、ともに81年ドラフト1位でプロ入りしている同期生だ。津田は82年、槙原は83年の新人王に輝いている。それぞれ150キロ超えの剛速球が武器のライバルだった。福岡から完全試合達成の記念ボールを持ち帰った槙原は、再びその番組を見たという。

その年のシリーズMVPに

　結果的に94年5月18日は、槙原の野球人生にとって大きなターニングポイントとなる。正直、それまで三本柱を担った斎藤や桑田真澄と比べると、どこか三番手的な地味なイメージも強い右腕だったが、5月18日の快挙後は、“ミスターパーフェクト”のベースボールカードが、受験生の御守りとして大人気となるなんだかよく分からない社会現象もあった。このシーズン12勝を挙げた背番号17は、中日との最終優勝決定戦“10.8”で先発を託されながら2回途中でKO、その雪辱に燃えた西武との日本シリーズでは第2戦で完封勝利、第6戦も1失点完投で胴上げ投手に。2勝0敗、防御率0.50という大活躍で、シリーズMVPにも輝いた。

94年、西武との日本シリーズ。2勝0敗、防御率0.50という大活躍で、シリーズMVPにも輝いた　©BUNGEISHUNJU

　長嶋監督初の日本一の胴上げ後、共同記者会見の席で背番号33の隣に座ったのは、背番号17だった。会見終了後、槙原は自分を熱心に引き留めてくれた恩人にウイニングボールを差し出す。「ありがとう、いいの？」と満面の笑みを浮かべるミスター。槙原寛己は、FA騒動時の悪役から一転、長嶋巨人の救世主となったのである。

　ちなみに当時の残留交渉でミスターから贈られ、槙原の背番号と同じ演出と報じられた17本の赤いバラは、あとで数えてみたら実は20本だったという。

　See you baseball freak……