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【73歳に】「革命を起こせや」江夏豊が揺さぶられた野村克也の言葉、王よりも長嶋が苦手だった理由、“21球”にあった怒りと衣笠祥雄の声かけ
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph byKazuhito Yamada
posted2021/05/15 11:01
1984年、西武時代の江夏豊。「江夏の21球」や「オールスター9連続三振」など今も語り継がれる逸話は多い
<名言3>
俺は口は少ないけど、手は早いぞ。覚悟できるか。
(江夏豊/Number878号 2015年5月21日発売)
◇解説◇
1978年の日南キャンプ。広島に入団した江夏は、ブルペンに異様なフォームで投げこむ若者を見かけた。出雲信用組合からドラフト外で入団した2年目の大野豊だった。
「草野球のあんちゃんみたいな汚いフォームで投げているのがいたんだよ。それでも5、6球に1球はボンッと良い球が行くんやから」
江夏は「あの大野っていうのは、どうなの」と古葉竹識監督に尋ねた。
「いや、計算はしてない」
「なら、オレにくれる?」
江夏は大野を弟子にとり、正しいキャッチボールのやり方、膝の曲げ方、腕の振り方……鉄拳とともにピッチングのイロハを叩きこんだ。このシーズン、大野は半ば敗戦処理要員ではあったが、一軍にベンチ入り。その年の8月12日のヤクルト戦ではプロ初の勝ち星がついた。
「試合の前、あんまりチャランポランな態度でいるから、一発ぶん殴ったんだよ。そうしたら、なんとその日に勝ったんだ」
のちに広島の大エースとなる大野は、江夏が育てたと言っても決して過言ではないのだ。
長嶋茂雄は「わからない」
<名言4>
王さんは、こっちが“決めた”と思った球はまず打たれない。長嶋さんは反対で。やった、という球を打たれるんだなあ。
(江夏豊/Number272号 1991年7月20日発売)
◇解説◇
王貞治と長嶋茂雄の同一試合のホームラン、いわばONアベック弾は106回。バック・トゥ・バックと言われる2者連続弾も29回もあった。他球団の投手からすれば、その2人を恐れることは仕方のないことだったのだろう。
ONと名勝負を多く演じた江夏は、「王がかりに右打者として」どちらが嫌かと聞かれると、長嶋だと即答した。理由は「わからないから」。
江夏ほどのピッチャーなれば、投球がいいところに「決まった」などとは言わない。「決める」技術がある。それを長嶋はこう答えていた。
「江夏級の一流投手が勝負してくるシチュエーションは、案外決まっている。自信があるからだろうね。僕はその球にヤマをかける。ウイニング・ショットを狙うほうが的中率は高いからね」「だって、打たれないのがウイニング・ショットでしょう?」「それを打つのがバットマンのテクニック。狙っているから出来るんです」
江夏すらも苦しめられたミスターの異次元の発想力だった。