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万引きのはじまり、だまし取られた財産、7度の逮捕… 家族との関係も壊れた原裕美子が病の公表を決意した瞬間
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byAFLO
posted2021/04/30 06:03
2005年の名古屋国際女子マラソン優勝から始まった原裕美子のマラソン選手としての人生は波瀾に満ちていた
「結局、私は万引きで7度、逮捕されました」
その後、事実を知った家族が悲しむ姿を見て「もう絶対にしない」と心に誓った原だったが、ユニバーサル退社後、人生がうまくいかなくなる中で、再び万引きを繰り返すようになってしまう。「絶対に盗らない」と決め、財布にお金を入れて買い物に出かけても、店に入った途端、商品を物色している自分がいた。
何度逮捕されてもやめられない万引き。家族との関係も壊れていった。
「結局、私は万引きで7度、逮捕されました。特に6度目と7度目の逮捕は全国的なニュースとなり、家族にも大きな迷惑をかけてしまったことには申し訳ない気持ちしかありません」
だがその中で、原にとって大きな出来事があった。2017年2月の6度目の逮捕後、原の弁護を担当した林大悟弁護士の紹介で、下総精神医療センターで医師の診察を受けることになったのだ。
ここで原は「窃盗症」と診断され、専門的な治療を受けることとなった。
「私の過去を知っても、今までと変わらず接してくれて」
「それまで、万引きをやめられない自分がおかしいとは思いながらも、病気だと思ったことはありませんでした。専門的な治療を受けると、万引きへの欲求がなくなっていくことを実感しました」
6度目の逮捕後に治療を受け、一度よくなって実家に戻った原だったが、世間の目というストレスがあり、さらに窃盗症の治療作業を怠ってしまっていたため、再び万引きをしてしまう。
「7度目の逮捕となり、警察の留置場で絶望していましたが、検察に身柄を移された際、林弁護士が『病気を克服することでたくさんの人に勇気を与えられるよ』と言って励ましてくださった。この言葉をきっかけに、自分の抱える病を公表し、闘う姿を皆さんに見せることで、摂食障害、窃盗症を克服していこうという決意ができました」
原は専門的な治療を受け、今も毎日、その維持作業を続けているという。「同じ病、悩みを抱える人に自分の体験を伝えたい。そして、少しでも勇気を与えられたら」という思いから書籍を出版。隠したいことも含め、自身の経験を率直に綴った。
千葉県内で事務の仕事、居酒屋の仕事に従事する原は、その反響を語る。
「病気と関係ない人、例えば今Wワークで働いている居酒屋のお客さんが私の過去を知っても、今までと変わらず接してくれて、今まで以上に応援してくれています。応援してくれるのは、隠していることをすべて打ち明けたからでしょうか」