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【引退】五郎丸歩と過ごした不思議なトゥーロンの夜…語り合ったジャパン、早稲田、ラグビーのこと「飲むの遠慮しないでくださいよ」
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byItaru Chiba
posted2021/04/26 17:01
喧騒から逃れ、語り合ったトゥーロンの夜。五郎さんはあの晩に何を語っていたのか
2015年のW杯が終わると、「五郎丸狂騒曲」が始まった。日本では新幹線の乗降中に、ひと言の挨拶もなく、すれ違いざまにスマホのカメラを向けられた。そうした出来事が、メンタルを削り、ダメージが積み重なっていた。
当然のことながら、そうした環境は居心地が悪いものであって、年が明け、スーパーラグビー、オーストラリアのクイーンズランドにあるレッズへと活躍の舞台を移す。しかし、五郎さんは「日本」から逃れることは出来なかった。
「なんだかんだ、オーストラリアって日本の方が多いんですよ。ご承知の通り、スーパーラグビーのサンウルブズとレッズの試合には、日本からメディアのみなさんもたくさん来ましたし。選手としてはたいへんありがたかったんですが、もっと静かにラグビーに集中したかったですし、生活も落ちつかせたくて」
五郎さんが望んでいたのは、「匿名性」だった。
そんなときに、フランスのトゥーロンから話があった。
ラグビーマッド地帯にある名門。ニュージーランド、ウェールズから有名選手が集まるクラブ、それがトゥーロンだった。
「水を差すようなことはしたくないですから」
クラブに合流すると、世界のトップレベルの「プロ」の生活に触れた。
「日本ではトレーニングは、与えられるものという感覚が強いですが、こちらではトレーナーが『何をしたい?』と問いかけてきます。自分がどうなりたいかというプランがないと、成長できない。W杯から1年が経って、ようやくラグビーへの欲が戻ってきた感じですよ」
2015年のW杯が終わって、五郎さんの中では大きな区切りがついていたのだと思う。代表で戦うのはこれが最後。ただし、せっかくラグビー熱が盛り上がったのだから、2019年大会までは、自分は広報的な役割を果たさないといけない。それは使命感のようなものだった。
「まだ、ラグビーは辞められないです。せっかくあれだけの盛り上がりを見せて、これから自分にも果たせる役割があると思うんですよ。ただ、代表引退を言い出せない空気は感じます。自分で言うのも僭越かもしれませんが、水を差すようなことはしたくないですから」