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MotoGP絶対王者マルケスが初めて涙を見せたワケ ケガからの復帰で完走7位、若き挑戦者を迎え撃つ怪物の底力
text by
遠藤智Satoshi Endo
photograph bySatoshi Endo
posted2021/04/25 17:00
ピットでは時折ストレッチなどをして、骨折した左腕を気遣う仕草を見せたマルケス
「ピットに戻ったときに、痛みだけではなく、どうしても抑えられない感情が爆発した。ポジションは関係なかったし、トップと13秒差というのは本当に自分にとっては不可能な夢だった。終盤は腕の力がなかったし、とにかくフィニッシュすることだけを考えていた」
このコメントには正直、驚いた。なぜなら、マルケスなら復帰戦で優勝してもおかしくないと思っていたからだ。実際、ライディングのパフォーマンスは、長いブランクを感じさせなかった。他のレギュラー陣がアルガルベで2度目のレースなのに対してマルケスは初めての走行。ところどころにウエットパッチが残る不安定なコンディションのFP1で3番手につけたときには、マルケスは天才を超え、もはや“怪物”という言葉があてはまると感じた。
なによりも、大きな怪我をした後、すぐに自分の走りが出来るのは、超一流選手の証である。マルケスは「転倒の原因が分かっていれば影響はない」と語る。そんなバカなと思うかもしれないが、マルケスは実際に転倒することで限界を探ってきた選手である。
とは言っても、パッシングポイントになりにくく、転倒リスクが大きい高速コーナーではしっかりマージンを取る。一方、ヘアピンやシケインなど低速コーナーの勝負所では限界以上に攻めていく。フリー走行での転倒はほとんどがこうしたポイントであり、一方、予選、決勝での転倒率の低さは、13年に最高峰クラスにデビューしてから変わらない。
右腕の力は尽きていた
これこそが過去の素晴らしい成績の要因のひとつだが、昨年7月のスペインGPの怪我は、転倒した際に自分のマシンが接触して右上腕を骨折するという不運なものだった。マルケスのスタイルに起因する怪我ではないだけに、ライディングにはまったく影響はないと思っていた。
しかし、「レース終盤はもう右腕の力が尽きていた」というマルケスの言葉は、復帰戦の最大の障害が完璧な状態にはほど遠い右腕だったことをあらためて感じさせてくれた。そんな状況下での予選6位、決勝7位という結果は、ますますマルケスの怪物ぶりを物語るものだった。