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<奇跡の復活劇>照ノ富士が「入り待ち」の女性ファンを素通りした日…運命を逆転させた“あの一番”を検証する
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byJIJI PRESS
posted2021/03/31 11:05
照ノ富士(右)と朝乃山の初顔合わせとなった2020年七月場所13日目の一番。照ノ富士が寄り切りで勝った
七月場所 13勝2敗(優勝)
九月場所 8勝5敗2休
十一月場所 13勝2敗
一月場所 11勝4敗
三月場所 12勝3敗(優勝)
九月場所こそケガがあり、8勝止まりだったが(しかし、勝ち越したことが大関昇進へとつながっていく)、直近三場所の相撲は怪力ばかりではなく、一月場所では技能賞を獲得したように、照ノ富士には大型力士とは思えない繊細な技がある。
そして今場所も、朝乃山との対戦が優勝を引き寄せる一番となった。10勝3敗の照ノ富士と、星の差ひとつで追う朝乃山の取り組みが十四日目に組まれたが、朝乃山としては、この一番に勝てば優勝のチャンスが出るし、苦手意識を払拭することも可能になる。
ところが、内容は照ノ富士の「格」が上回った。
連敗中の朝乃山は、立ち合いでもろ手で突っ張りを見せたのである。つまり、まともに四つ相撲になっては勝てないと踏んだのだろう。しかし、突っ張りに出たことで、かえって上体が伸びてしまい、照ノ富士が十分な体勢を作り、朝乃山も必死の抵抗を試みるが、冷静な照ノ富士の完勝。
朝乃山が突っ張りという「奇手」(敢えてそう呼びたい)に出たのは、関脇である照ノ富士の方が、格上であることを図らずも示してしまった。
朝乃山だけではない。正代も、千穐楽で対戦した貴景勝も照ノ富士相手には勝機を見いだせなかった(その点、高安の照ノ富士攻略法は見事だったが、終盤戦に崩れたのが残念)。
ここ五場所で二度の優勝。膝のケガさえ落ちついていれば、横綱昇進に期待がかかる成績だ。
横綱昇進までつながっているのか
それにしても、照ノ富士の復活劇を見ていると、「この一番」に勝つことが、力士の出世にとって本当に大切なことが分かる。逆もまた真なり。
一時期は「相撲を辞めよう」と思ったこともあったという話は美談として伝えられているが、今回の優勝インタビューで、
「お相撲さんは土俵の上で一生懸命戦っている姿を見せるのが恩返し」
といった言葉には含蓄があった。
2019年の九月場所、両国国技館で照ノ富士に声を掛けたものの、泣き出してしまった女性も、この照ノ富士の言葉を聞いて、納得しているのではないだろうか。
果たしてこの復活劇が、横綱昇進までつながっているのかどうか、見届けていきたい。