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<奇跡の復活劇>照ノ富士が「入り待ち」の女性ファンを素通りした日…運命を逆転させた“あの一番”を検証する
posted2021/03/31 11:05
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph by
JIJI PRESS
この数年、両国国技館で行われる大相撲の本場所に足を運んでいる。毎場所、一緒に観に行く相撲仲間がいて(私たちはともに幕下まで陥落してしまった阿炎を贔屓にしている)、その友人が2019年の九月場所、幕内力士の「入り待ち」をしていた時、こんな光景を目撃したという。
「スマホを構えていたら、国技館からデカい力士が出てきたんです。照ノ富士でした。その時、照ノ富士は幕下だったから、たったひとりで国技館から風呂敷を下げて、帰ろうとしてて。そしたら、女性のファンが『頑張って!』と声を掛けたんですよ。でも、照ノ富士はそれに応えることなく通り過ぎてしまうと、その女性が泣き出してしまったんです」
このエピソードを聞くと、いろいろなことを思う。
かつて大関だった照ノ富士は、序二段にまで落ち、ようやく幕下まで這い上がってきていた。想像するに、照ノ富士は声援に応える資格が自分にはないと思っていたのではないか。不甲斐なさを恥じていたようにも思える。
取り組みを終え、ひとりで帰っていく姿も身につまされる。幕内力士は車で両国へやってきて、駅前の駐車場に車を停め、付け人に囲まれながら国技館へと入っていく。大関になれば、国技館の駐車場へ乗りつけることも可能になる。かつては、その恩恵を受けていた照ノ富士が、ひとりで帰っていくところに相撲界の厳しさ、そして悲哀がある。
「朝乃山が有利」の予想が多かった
この2カ月後の十一月場所で幕下優勝した照ノ富士は、十両への復帰を決め、そこから一気呵成に攻め上がり、2020年七月場所で幕内に復帰する。
ここで私が注目したいのは、この場所で大関に昇進していた朝乃山と照ノ富士との因縁である。