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【センバツ秘話】阪神入りした堀越のエースが語る“松井秀喜の本塁打”「変な音がしました。鈍い音であれだけ飛ばされると…」
text by
藤島大Dai Fujishima
photograph bySankei Shimbun
posted2021/03/31 17:03
第64回選抜高校野球、堀越との試合でホームランを打った松井秀喜
夏の都大会、術後の快復が遅れて満足に投げられず決勝に散った。例の5打席連続敬遠は実家の居間で凝視している。とても割り切れなかった。「甲子園に出てくるピッチャーなら最初から打たれるなんて思わない。誰だって松井と対戦したいじゃないですか」。ドラフトでは阪神と巨人が指名。優先権のあるタイガースに入った。ただしプロの記録をひもとくと「0試合出場」。ひじの状態は球団の見立てよりもはるかに深刻だった。
3年目の9月、リハビリの病院から虎風荘の自室に戻ると、ドアに小さな紙が貼ってある。「明日、事務所へ来られたし。ユニフォーム着用に及ばず」。解雇は決まった。
MLBの満塁ホームランに「大泣きです」
在阪のスポーツ用品会社に就職、テーピング関連の営業に8カ月ほど励んだ。他方もともとファッションに関心が深く、選手時代から「心斎橋のユナイテッドアローズの店に通い詰めていた」。契約金3500万円。年齢不相応の貯えがあるので上客となり、自然に関係者との親交は結ばれる。「阪神にいると異様にもてはやされるんです。そのうち、もてなす側に回りたくなりました」。アルバイトでユナイテッドアローズへ転じ、登用試験を突破して正社員へ。社業は拡大、入社から18年、現在は3000人規模の会社にあって「社員番号は218番」。自称「ファッション業界の野球人」は店舗統括の業務に迷いなく突き進んできた。
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'03年、4月8日、ヒデキ・マツイ、ヤンキースタジアムで満塁本塁打を放つ。
その時はどこに?
「どこだったかな。テレビのニュースでした。泣きました。大泣きです。扉を開いて、結果を出している。その感動ですよね」
松井秀喜の存在と軌跡は、いつでも社会人生活の指針だった。「まだ自分は甘いなあ、と省みるためのバイブル」。逃げなかったから崇められる。変な打音に杯を捧げよう。
(【前回を読む】〈敬遠騒動前のセンバツ〉松井秀喜に“真っ向勝負”した宮古のエース…2打席連続3ランで「周囲から、バカだと言われましたよ」)