逃げるトランセンド、2番手にヴィクトワールピサ

　3コーナーから4コーナー。逃げているのはトランセンドで、2番手がヴィクトワールピサ。トランセンドの手綱を取っていたのは藤田伸二騎手（当時）。後に道中の手応えを次のように語った。

「カメラを搭載した車が馬群の前を走っていました。それにモノ見をしながら走っている感じだったので、掛かる事なく良い感じで走ってくれていました」

　日本の2騎が引っ張って4コーナーをカーブ。直線に向くやデムーロ騎手に操られたグランプリホースが先頭に躍り出た。しかし……。

「そこから差し返す素振りを見せてくれました」

　そう語ったのは藤田騎手だ。同じ時、角居調教師は「一所懸命にミルコの名を叫んでいました」と述懐する。

　ブエナビスタは後方から脚を使ってはいたのだが、序盤の位置取りが後ろだった事もあり、勝負圏内までは追い上げられず。結果、後続を置き去りにして日の丸を背負った2頭の競り合いが続いた。そして、最後は日本馬のワンツーフィニッシュだった。

トランセンド（奥）に先着したヴィクトワールピサ

「もちろん勝ちたかったけど、日本の馬に負けたのだからヨシとします」

　藤田騎手がそう言えば、デムーロ騎手は

「ニッポンは僕にとっても第二の故郷です。そのニッポンが大きな地震とツナミに襲われて沢山の人が被災しました。それだけに何とかしたいという気持ちが強かったです。この勝利をニッポンの皆様に捧げます」

　と語り、右腕につけた喪章を左手で何度もつまんであげてみせた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

　角居調教師は言った。

「今回はたまたま私の馬が勝たせていただいたけれど、流れ一つで日本のどの馬が勝ってもおかしくない雰囲気がありました。日本の皆さんに少しでも朗報が届けられれば、と思っていたので、こういう結果になって良かったです」

　日本馬のワンツーフィニッシュという結果には、現地で敗れたホースマン達も惜しみない拍手を送ってくれた。震災後、初めて聞いた“君が代”はそれまで聞いた事がない心震える国歌だった。

今年のドバイワールドCも多数の日本馬が出走

　あれから10年。今でも東日本を中心に余震が続き、この2月に起きた地震で福島開催は新潟に振り替えられる事になった。もちろん、今でも被災地で苦しんでいる人は多いだろう。今年のドバイワールドCには日本からチュウワウィザード（牡6歳、栗東・大久保龍志厩舎）が出走。他にもドバイシーマクラシックには昨年の宝塚記念（GI）と有馬記念を制覇したクロノジェネシス（牝5歳、栗東・斉藤崇史厩舎）や、そのグランプリホースを前年のオークスでくだしているラヴズオンリーユー（牝5歳、栗東・矢作芳人厩舎）が挑戦する。先に記した震災に加え、現在はコロナ禍で沈んでいる人も多い。そんな皆を勇気づけてくれるような君が代が再び流れる事を期待したい。

オークスでのラヴズオンリーユ―（右手前）とクロノジェネシス（左手前）