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「この勝利をニッポンの皆様に捧げます」デムーロが涙した2011年ドバイワールドC【ヴィクトワールピサの激走】
text by
平松さとしSatoshi Hiramatsu
photograph bySatoshi Hiramatsu
posted2021/03/27 11:00
ドバイワールドCを制したミルコ・デムーロ騎手騎乗のヴィクトワールピサ
トランセンドはリラックスした状態で
ドバイワールドCのパドックに話を戻そう。ヴィクトワールピサ同様、リラックスして周回を重ねていたのがトランセンドだった。こちらもパドック入りする直前まではセレモニーを考慮したメンコを装着していた。しかし、パドックに入る時にはすでに脱いでいた。心配する必要がないくらい、落ち着いていたのだ。その要因の一つに「あえてスクーリングをしなかった」事があった。安田隆行調教師にその真意を問うと「テンションを上げたくないから……」と語っていた。
トランセンドは前年の夏、ポリトラックでの調教に加え、直前は坂路のみで仕上げていくという調整法に変更。そこから素質を開花させてきた。しかし、ドバイでは坂路コースがない。競馬場のコースでの仕上げになる分、同じ負荷をかけようとすれば強めの調教になるのは道理。実際、ドバイ入り後、トランセンドは3本も追い切って時計を出していた。それだけやれば普通に考えると精神的にもピリッとしてきて当然だ。そこで指揮官は考えた。
「ただでさえ環境が変化している中、これだけ攻めているので、イライラしてもおかしくない状況です。でも、幸い落ち着いているので、スクーリングはせずにこのままリラックスした状態を保って競馬に臨みたいです」
この作戦が奏功した形だったのだ。
ヴィクトワールピサは「嫌な位置取りに」
こうしてゲートに収まった日本の各馬だが、前扉が開くと「あ!?」と内心、思ったのが角居調教師だった。
「ゲートの中が日本より狭い感じで、それを気にしたのか、後ろへ下がるような素振りを見せた時にスタートが切られました」
後にそう述懐したのはデムーロ騎手。ヴィクトワールピサが出遅れて後方から駒を進める事になった。再び角居調教師の弁。
「嫌な位置取りになってしまい、正直ハラハラしました」
しかし、本当の意味でハラハラするのはレースも半分を過ぎようとする頃だった。中盤、馬群が向こう正面を走っていると、ヴィクトワールピサが1頭、また1頭とかわして一気に2番手まで進出したのだ。
「後ろから、と思ったら今度は一気に前ですからね。ハラハラドキドキの連続。心臓に良くなかったです」(角居調教師)