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【引退】角居師のドバイWCに蛯名正義の凱旋門賞… 去る伯楽と名騎手が成し遂げた競馬史に残る偉業
posted2021/02/27 17:00
text by
島田明宏Akihiro Shimada
photograph by
AFLO
今から10年前、2011年3月26日の夜(日本時間27日未明)、日本のサラブレッドが世界最高賞金を誇るビッグレースを1-2フィニッシュで制し、東日本大震災で打ちひしがれた祖国に勇気を与えた。
UAE(アラブ首長国連邦)のドバイ・メイダン競馬場で行われた第16回ドバイワールドカップで、ミルコ・デムーロが騎乗したヴィクトワールピサが日本馬として初めて優勝。2着にも日本のトランセンドが入るという、競馬史に残る偉業が達成された。
未曾有の大災害となった東日本大震災からわずか2週間ほど。日本から8000キロも離れた砂漠の地で、カクテル光線を浴びたデムーロが馬上で日の丸を掲げ、涙を浮かべた。あのシーンと、夜空に響いた君が代の調べを、私は絶対に忘れない――。
ヴィクトワールピサを管理していたのは、「世界のスミイ」と言われた角居勝彦調教師。その角居調教師は、今月限りで調教師を引退する。
「主役は馬なので、調教師は一歩下がっているべきだ」
中央競馬は3月1日で年度が変わるので、毎年2月の終わりに引退するホースマンと別れることになる。今年は数々の名馬を育てた伯楽たちの引退が多く、例年以上に寂しく感じられる。
調教師の引退理由で最も多いのは定年(70歳)で、次が健康上の理由、その次が経営不振だと思われる。が、56歳の角居調教師の引退理由はそのどれでもない。
家業である天理教の仕事を継ぐため、2021年2月限りで調教師を勇退することを3年前に発表していたのだ。
「競馬場での主役は馬なので、調教師は一歩下がっているべきだ」
そう考えているため、レース後の囲み取材のときなどはあまり喜びを表に出さず、小さな声で話すだけだった。
「スピードを出している調教で、調教師がコントロールできることはない」
そう言い切り、トレセンでストップウオッチを手にすることはなかった。双眼鏡を使うこともなかった。
「馬づくりは人づくりから」
それをモットーに、チーム・スミイのスタッフを育てた。
普段は温厚な紳士だが、最後まで自身がよしとする手法を貫き通した。