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親子王者なるか? 偉大すぎる父ミハエルの背中を追う、ミック・シューマッハーがF1デビュー
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byGetty Images
posted2021/02/12 11:01
父と同じく22歳になる年にF1デビューするミック。赤が似合うのはシューマッハ家の血脈か
しかし、2000年代に誕生したもう1組の親子ドライバーは、そろって金字塔を打ち立てることに成功した。それはケケ・ロズベルグ(フィンランド)とその息子のニコ・ロズベルグ(ドイツ)だ。ケケは82年にタイトルを獲得。ニコは34年後の16年にチャンピオンの座に輝き、F1史上2例目の親子2代で王座に就いた。
2010年以降は14年にヤン・マグヌッセン(デンマーク・95年、97~98年)の息子ケビン・マグヌッセンがF1にデビューしたものの、昨シーズン限りでF1を離れた。
現在、F1界で現役の二世ドライバーはヨス・フェルスタッペン(オランダ・94~98年、00~01年、03年)の息子のマックス・フェルスタッペンと、今年デビューするミック・シューマッハの2人だけだ。
シューマッハ一家を襲った悲劇
ミックがミハエルの息子だという事実は、カートのレースを始めた少年時代は知られていなかった。なぜなら、父があまりに偉大だったからだ。そのため、レースに参加するために母親の旧姓を使ったり、単に「ミック・ジュニア」と名乗ることもあった。
しかし、カートで好成績を挙げ、四輪の世界へステップアップした14年ごろになると、その存在を隠すことは難しくなり、本名でレース活動を開始。と同時に、メディアの前に積極的に姿を現すようになった。それは13年に家族を襲った不幸な事故が無関係ではないだろう。
この年の12月末、シューマッハ一家は家族でフランス南東部のスキーリゾート旅行に出かけるも、ミハエルが転倒して頭を岩に打ち付け、深刻な頭部外傷を負ってしまった。なんとか一命は取り留めたが、その事故以降、現在に至るまで、ミハエルがメディアの前に出ることはなくなった。
その父親と入れ替わるようにメディアの前に出るようになったのが、ミックだった。それまで家族に守られていたミックが、自分が前面に出ることで困難な状況に陥った家族を守ろうという気概が感じられた。
筆者がそのミックに初めて会ったのは、16年のドイツGP直前にドイツ・マインツ郊外で開催されたサッカーのチャリティ・マッチだった。この慈善試合は、脳に障害を持つ人たちを支援するために毎年、開催されているイベントで、かつてはミハエルがリーダーとなっていた。
ミハエルの事故後は以前からミハエルと親交があった元NBAのスター選手でドイツ人のダーク・ノビツキーが中心になって開催されるようになり、いまでは慈善団体への寄付を募るためのイベントというだけでなく、いまもなお戦い続けているミハエル・シューマッハを精神的に応援するという意味を込めて、以前にも増して多くの一流アスリートが集って催されるようになった。