競馬PRESSBACK NUMBER
武豊「ギムレットで乾杯」に憧れ競馬界に入った青年が明かす秘話「ダービーをかけたレース前、ユタカさんは…」
posted2021/01/30 17:01
text by
平松さとしSatoshi Hiramatsu
photograph by
Satoshi Hiramatsu
「勝って、もう一度、東京に来たいですね!」
今から5年前の2016年1月30日。食事をした席でそう語ったのは栗東・石坂正厩舎の濱名浩輔持ち乗り調教助手だった。翌31日に行われる根岸Sに出走するモーニンを担当していたため、この日は東京にいたのだ。
兵庫の尼崎市で生まれ育った彼は幼い頃、プロ野球選手を目指していた。そんな彼が競馬と出合ったのは中学時代に見たテレビ中継だった。
「エアグルーヴとバブルガムフェローが激突した秋の天皇賞で、武豊さんが『バブルにひと泡吹かせたい』とおっしゃっていたのが印象に残りました」
同じ頃、家族で北海道を旅行。ノーザンホースパークで乗馬を体験した。
「面白かったので、地元に帰った後も乗馬クラブに通うようになりました」
「今夜はギムレットで乾杯してください」
高校生になると乗馬と競馬観戦に明け暮れるようになった。そんなある日、またナンバー1ジョッキーの洒落たコメントを耳にした。
「タニノギムレットで日本ダービーを勝った武豊さんが『今夜はギムレットで乾杯してください』と言われていました。格好良いなぁと思うと同時に、自分も競馬の世界で働いてみたいと考えるようになりました」
早速、夏休みに北海道の牧場で働いた。そして、高校を卒業と同時に正式にその牧場で働くようになった。
「2年と少し働きました。その後、競馬学校に入学が決まり、2006年の7月からトレセンで働き始めました」
当初から石坂正厩舎ひと筋。厩務員を経てすぐに持ち乗り調教助手になると、ものの1カ月ほどで初勝利をあげた。
更に2年目にも素質のある馬を担当させてもらった。
「当時の石坂厩舎はベテランのスタッフばかりだったのに、この馬を若い僕がやって良いのか? って思うくらい凄く良い馬でした。実際、僕自身よく分からない事だらけだったけど、周囲の先輩方に助けていただきながら何とか勝たせる事が出来ました」
その馬は、08年にマイルチャンピオンシップ(GI)を優勝するブルーメンブラットだった。