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羽生結弦の美しさと強さが全選手にエネルギーを…逆境のなかの圧巻の一戦【全日本フィギュア】
text by
野口美惠Yoshie Noguchi
photograph byNaoki Nishimura/AFLO SPORT
posted2020/12/29 11:06
5年ぶりに全日本王者を奪還した羽生結弦
「風が舞い上がるような音の感覚があった」
そして26日のフリー『天と地と』で、新境地を見せる。
「すごく思い入れのある曲で、聞けばすぐに感情が入ります。自分で選曲して、編曲もかなりバージョンを作って、音自体にも意味が込められています」
羽生がそう語るフリーは、単にジャンプの成功や高得点を目指すプログラムではなかった。こだわったのは、「音と合うジャンプの配置」だ。昨季は、得点を稼げる連続ジャンプを3つとも演技後半に持ってきていたが、このフリーでは中盤に入れた。理由を、こう説明する。
「プログラム全体をみたときに、前半のトリプルアクセルに連続ジャンプをいれた方が『見た目が良いな』と。琴の音から始まって、風が舞い上がるような音の感覚があったので、トリプルアクセルから両手を挙げる2回転トウループ(の連続ジャンプ)と、その勢いで3回転ループを跳ぶのが、一番『表現としてのジャンプ』になっていると思いました」
「表現として完成できたところ」とは?
そんな風に考えてジャンプを跳べる選手が、いったい、羽生の他にいるだろうか。彼にしか見いだせていない境地、戦いの美学が詰め込まれていた。羽生の心が、表現のために跳ぶという気持ちだったからだろうか。見ている側も、ジャンプを1つ1つ見守るというよりも、羽生と一緒に戦国時代へ旅をした、というような感覚になる演技だった。
ジャンプはすべてパーフェクト。フリー215.83点、総合319.36点で、参考記録ながら今季の世界最高得点での優勝だった。
「何よりも、ジャンプを力なく、シームレスに跳べたということが表現として完成できたところです。自分自身も安心して、見ているかたも安心して見られる、自分本来の演技が出来ていると思います。トレーニングしてきたことのやり方は間違っていませんでした。さらにブラッシュアップして、もっと難しいジャンプに挑んでいきたいです」
上杉謙信公への共感もあって演じるというこのプログラム。どう熟成させていくのか、次の演技が見たくてたまらなくなる4分だった。
「こういう緊張感や、不安を、望んでいたんだな」
一方、久々の実戦となったのは、宇野も同様だった。スイスを拠点に練習し、エントリーしていたフランス杯や欧州での国際大会は次々と中止になるシーズン前半だった。