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バスケ界の重すぎる称号“ネクスト・ジョーダン”に消えた天才たち…なぜレブロンは「23」のプレッシャーに勝てた?
posted2020/11/23 17:00
text by
宮地陽子Yoko Miyaji
photograph by
Yoshihiro Koike/Yukihito Taguchi
背番号「23」のNBA選手と言われたときに、真っ先に誰が思い浮かぶだろうか。90年代からのオールドファンならマイケル・ジョーダン、21世紀に入ってからのファンならレブロン・ジェームズと答える人が大半なのではないだろうか。
NBAの様々な記録を集めているウェブサイト、バスケットボール・リファレンスによると、これまでNBAで背番号「23」をつけた選手は235人いるという。カルビン・マーフィー(1970-83, ヒューストン・ロケッツ他)、マーカス・キャンビー(1996-2013, ニューヨーク・ニックス)、現役ではドレイモンド・グリーン(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)、ルー・ウィリアムズ(ロサンゼルス・クリッパーズ)らも背番号「23」の選手として知られているが、235人の中で、実績でも知名度でも、そして人気でも、ジョーダンとレブロンがダントツなのは間違いない。
「23」をつけられるのは、実力の証
ジョーダンが「23」をつけるようになったのは、すぐ上の兄、ラリーの影響だった。ラリーの背番号は「45」だったのだが、高校で同じチームに入り、同じ番号をつけることができなかったジョーダンは、兄の半分でも上手くなりたいとの思いで「23」を選んだ。それが、すべての始まりだった。以来、ジョーダンは例外的な数試合を除いて「23」をつけ、「23」はジョーダンの番号として定着した。
特にジョーダンが活躍した90年代頃は、子どもたちの間でも「23」が常に一番人気の番号だった。激しい競争の中で「23」をつけられるのは、それだけ実力があることの証でもあった。レブロンも、子どものときから「23」をつけてきた一人だ。
レブロンがNBAに入った2003年も、まだ「23」といえばジョーダンの時代だった。ジョーダンは3度目にして最後となる現役引退をしたばかり。ジョーダンが所属したことがなかったマイアミ・ヒートが、ジョーダンの功績を称えて、「23」を永久欠番にしたのも、この年だった。
そんななかで、高校時代から次世代のスーパースター候補として注目されていたレブロンが、高校卒業と同時に18歳でNBAに入ってきた。ジョーダンの大ファンを明言し、「23」の背番号をつけていた。