濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER

那須川天心、裕樹の引退試合での神のように強く“人間”らしい姿「君のお父さんは最高のファイターだよ」 

text by

橋本宗洋

橋本宗洋Norihiro Hashimoto

PROFILE

photograph bySusumu Nagao

posted2020/11/05 17:01

那須川天心、裕樹の引退試合での神のように強く“人間”らしい姿「君のお父さんは最高のファイターだよ」<Number Web> photograph by Susumu Nagao

裕樹が引退試合の対戦相手に選んだのは那須川天心。圧倒的な強さの中に人間らしい素顔が見えた

「君のお父さんは最高のファイターだったよ」

 そして試合での動きは、いつも通りどころかキレを増していたように見えた。開始早々、左ストレート(スーパーマンパンチ)でダウンを奪うとポジションを変え、角度を変えながらクリーンヒットを重ねた。動きの引き出しを次々とあけているような闘いぶりだ。裕樹が真っ向勝負にきた分、那須川も攻撃力を全開にできたのかもしれない。

 2ラウンドにもパンチで2度ダウンさせた那須川は、3つめのダウン=フィニッシュとして飛びヒザ蹴りを決めた。「あれが一番効いた。見えなかったですから」と裕樹。那須川に頭を押さえられた瞬間、ボディへのヒザを警戒して手が下がっていた。そこに顔面への飛びヒザ。見えない、予期しない攻撃は何よりも効く。

「裕樹が粘った」、「根性を見せた」とさえ言わせない圧倒的な強さ。確かにこれは那須川天心の試合だった。その上で試合後は「思いを殺して闘いました」と明かし、リングに上がった裕樹の息子に「君のお父さんは最高のファイターだったよ」と声をかけて裕樹の引退あいさつにつないだ。

裕樹のパンチは重かった。思いが詰まっていた

 見事なまでの“天心劇場”だ。「世界一の男を体感しました。満足してます」という裕樹のコメントから逆算すれば、試合で見せ場を与えないことまで含めて最高のはなむけだったと言ってもいい。

 だが、那須川は完璧だったというわけではない。感情を押し殺していたのであって無感情ではなかった。闘いながら「早く終わってほしい」と思っていたというのだ。時間がゆっくりと流れ、その中で自分だけ速く動いている。これまでにない感覚を試合中に抱いたそうだ。いわゆる“ゾーン”に入った状態だろう。だがそれだけでもない。裕樹はこんな解釈を聞かせてくれた。

「早く倒さないと(攻撃の数が多くなって)僕を壊してしまうって思ったのかもしれない」

 フィニッシュ前、裕樹のパンチをノーガードでもらうシーンもあった。なぜそうしようと思ったのかは自分でも分からない。「本来やっちゃいけないことなんですけどね」と那須川。自分からパンチを“もらいにいった”からしっかり軌道は見えていた。ダメージはない。けれど「重かった。思いが詰まってました」。

【次ページ】 勝った相手からでも学び、身につける

BACK 1 2 3 NEXT
#那須川天心
#裕樹
#志朗

格闘技の前後の記事

ページトップ