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87人中84番目、DeNA佐野恵太が振り返る“ドラフト当日”「人生で一番苦しくて長い時間でした」 

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石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

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posted2020/10/26 11:03

87人中84番目、DeNA佐野恵太が振り返る“ドラフト当日”「人生で一番苦しくて長い時間でした」<Number Web> photograph by KYODO

23日時点で打率.328、131安打はリーグ2冠。今月17日には球団タイ記録となる5試合連続の本塁打を放ち、失速知らずの打棒を見せつけている

一番自信のある打撃で勝負したかった

 念願かなって佐野が明大に入学すると、その環境に大いに刺激を受けることになる。どの世代にもドラフト候補の先輩たちがいる。とくに1学年上でのちに練習パートナーを務めることになる高山俊(阪神)の存在は大きかった。佐野にとって高山は、東京六大学リーグの通算最多安打記録を持つ偉大な先輩である。

「僕が入学したときからスター選手でしたし、記録もガンガン作っていました。初めてバッティング練習を見たときは衝撃を受けましたよ。僕もバッティングにはちょっと自信があったんですけど、そんなものは一瞬にして吹き飛びましたからね(苦笑)。いずれ絶対にプロに行くんだろうなと見ていましたし、実際ドラ1でしたからね。これぐらい頑張らないとプロには行けないんだと、僕の目標の1つになりました」

 佐野は2年生の春季リーグ戦から試合に出場すると、3年生の秋季リーグでファーストのレギュラーを獲得。主軸打者として活躍し、3年の秋季、4年の春季にベストナインに選ばれている。とくにドラフトに向け大きな評価対象となる4年の春季リーグでは打率.302、OPS.939という数字を残している。大学時代の4年間で確実に技術は向上し、徐々に広角に打てるようになり、飛距離は伸びていった。

 晴れてプロ志望届を出すと決めた佐野ではあったが、その前途は決して明るいものではなかった。善波監督からは正直に「厳しいかもしれない」と伝えられた。左のスラッガーはライバルがたくさんおり、多少打てるだけではプロには指名されない。また守備位置がファーストというのもネックだった。

 じつは佐野は高3からキャッチャーをやっており、善波監督としては捕手として育ててプロを目指させたいと考えていたが、佐野は「一番自信のある打撃で勝負したい」と、これを断っている。

「『選択終了』が出るたび、心が折られていくようで……」

 ドラフト会議で、佐野は「何位でもいいからプロに入りたい」と強く願い、指名を待ったという。

 開始してから早々に同期の柳裕也が競合の末、中日から1位指名され、さらに星知弥がヤクルトから2位指名を受けた。大いに盛り上がる明大野球部。佐野は同級生の指名に笑顔を見せたものの、どこか心ここにあらずであった。

 柳と星の会見が終わっても佐野の指名はなかった。ただただ時間は過ぎていった……。

【次ページ】 DeNAが佐野を指名した“決め手”

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