フランス・フットボール通信BACK NUMBER
右耳は全聾、左耳健常者の20%以下……「お前には無理」と言われた青年が“プロGK”になるまで
text by
ニコラ・クゴNicolas Cougot
photograph byL’Équipe
posted2020/10/08 06:00
29歳になったばかりのアルマダは、昨年、プロのGKとして名門クラブと戦うという人生の目的を達成した
2019年シーズン、前期の開幕戦からスタメンで出場したアルマダは、パラグアイ史上初となる、そして恐らく世界でも類を見ないプロ1部リーグでプレーした耳の不自由な選手となった。また名門との対戦も数週間後に実現した。2019年2月11日、セロ・ポルテーニョとのリーグ戦に先発したアルマダは、ノエバ・オージャ(セロのホームスタジアム)のピッチに立った。結果はネルソン・バルデスの前に1対3の敗北に終わったが、アルマダの物語はパラグアイ全土に知れ渡った。
このシーズンのリーベルは、ヨーロッパリーグに相当するコパ・スドアメリカーナにも出場した。だが、師と仰ぐダニエル・ファラルがクラブを去ってから、アルマダもまた新たな目的を求めてリーベルを離れた。
「ハンディキャップが障害になると思ったことは一度もない」
次に向かったのは2部のクラブ・フェルナンド・デラ・モラだった。アスンシオンにほど近い小さな街のクラブである。この街が最近、脚光を浴びたのは、《ロナウジーニョ事件》に名前が登場したからだった。ロナウジーニョと兄のアシスがパラグアイ入国の際に提示したパスポートとIDカードを偽造した舞台となったのがフェルナンド・デラ・モラであった。そして28歳になったオラシオ・アルマダも、コロナ禍がパラグアイに現れはじめた同じ時期に、フェルナンド・デラ・モラに腰を落ち着けたのだった。
7月末以降、コロナは南米大陸のあらゆる地域で猛威を振るったが、そんななかパラグアイは、他の国々に先駆けてリーグ戦を再開した。フェルナンド・デラ・モラにもまたアルマダにとっても、1部復帰を目指しての闘いが始まった。
「僕は自分の抱えるハンディキャップが、目的達成の障害になると思ったことは一度もない」と、彼は『人生とサッカーへの手紙』の中で書いている。
彼がリーベルで念願の1部リーグの舞台に立ったとき、4部リーグでは聾唖のGKフランシスコ・フェルナンデスがリーグデビューを果たした。アルマダは自分の夢をかなえたばかりではない。彼は明確なメッセージを人々に伝え、後進のために新たな道を切り開いたのだった。