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智弁和歌山の細川凌平の帽子の裏。
“日本一”のない夏に全うした仕事。 

text by

米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

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photograph byNoriko Yonemushi

posted2020/08/19 18:00

智弁和歌山の細川凌平の帽子の裏。“日本一”のない夏に全うした仕事。<Number Web> photograph by Noriko Yonemushi

智弁和歌山が2000年以降、夏の甲子園を逃したのは5回だけだ。それだけに、主将にかかる重圧は重いが、細川凌平はその任を務めきった。

交流試合は完敗。それでも表情は……。

 そして8月17日、智弁和歌山の主将として最後の試合を迎えた。勝っても負けても1試合限りの甲子園交流試合で、尽誠学園と対戦。

「最後は全員で笑って、勝って終わる」と臨んだが、序盤に1-6とリードされ、4回にも2点を追加された。打線は飛球に打ち取られる場面が多く、追い上げられないまま1-8で試合終了を迎えた。

 打撃の確実性を高めようと秋からフォームを修正し、出塁することにこだわった1番打者の細川は、5打数無安打で一度も塁に出ることはできなかった。

 グラウンドを後にした選手たちはその足で2階の球場内通路に向かう。通路の壁には一定の距離をあけて番号が貼ってあり、選手たちは背番号と同じ番号の前に立って取材を受ける。

 細川はさぞ悔しそうな表情で引き上げてくるだろうと思いきや、胸を張って、笑みを浮かべていた。「くっそー」とつぶやきながらも、晴れやかな表情はマスク越しにも伝わってきた。そして試合が終わっても、周囲に目を配る。

 7番のあたりで迷子になっていた綾原創太(背番号4)を、「お前そっちちゃうやろ、あっちやろ」と誘導し、後から引き上げてきた選手に声をかけ、ボールボーイを務めた2年生には「ありがとう」と言って肩をたたいた。

 レフトの守備でつまずき、打球に頭上を越された小林白彪には、「お前コケたやろ?(笑)だっさ。全国放送やぞ」と言って茶化し、笑いに変えた。

悔しくとも、最後まで凛々しく。

 そして取材が始まるとキリッと姿勢を正す。

「最後は勝って終わりたいとみんなで言っていたので、悔しい。勝って終わりたかったという思いが強いです。負けてしまったので何とも言えないですけど、でも最後、甲子園でこうやってみんなで野球ができた。

 今年はできないと思っていたので、いろんな人の力でこうして開催してくださったことに本当に感謝していますし、この舞台でできることに対して、うれしさや楽しさを試合中はずっと感じながらプレーしていました。ショートというポジションで出るのは初めてだったんですけど、こういう素晴らしい球場でできたことはいい経験になりました」

 内野手が守備位置を丁寧に手でならすという、昨年の3年生が始めた新しい伝統もしっかり受け継いでいた。

 悔しい、と何度も何度も口にした。けれど、これまで誰も経験したことのなかった異例の夏に、細川は最後まで凛々しく、笑顔で、智弁和歌山の主将をまっとうした。

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