サムライブルーの原材料BACK NUMBER
片目が見えなくても超ポジティブ。
松本光平、「何とかなる」の原点。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byYuki Suenaga
posted2020/08/06 20:05
ニューカレドニアでは屋根が藁葺きのホテルに住んでいたという松本。すべての経験をポジティブにとらえている。
1%でも可能性があれば、信じて突き進んできた。
地元の人たちとの交流、子供たちとの交流。サッカーを通じてそこにはいつもコミュニケーションがあった。サッカーが心の豊かさを生んでくれた。そんな思いが松本にはある。
目がほとんど見えなくても、プレーをあきらめなくていい。
プロになる可能性だって高いとは言えなかった。イングランドに渡り、日本に戻り、オーストラリアからニュージーランドへ。そこでようやくプロ契約を勝ち取った。
ケガからの復活だって簡単ではなかった。右肩のみならず左肩も脱臼。足首の骨折もあり、肉離れは「どこもバランス良く」と言うほど。それでも食事、睡眠を徹底的に改善してケガのオンパレードから脱却した。
1%でも可能性があれば、信じて突き進んできた。
目だって回復する可能性は高いとは言えないのかもしれない。しかし彼の経験則からすれば、乗り越えられないものなどない。そしてどんな状況であっても、サッカーのためなら楽しめるマインドが彼にはある。
「いろんなところケガをしたって、結局はサッカーをやってますからね。目はたとえほとんど見えない状態だとしても、それと同じ感覚なんです。慣れていけば、やれるでしょって。
最終的に、どうにか成功に持っていけばいい。サッカーをやれなくなるとは思ってないし、早くサッカーをやりたい。それだけですね」
「今年は出場を決めるところからやってみたい」
チャンピオンズリーグは10月から再開予定となっている。
今年も出場チームへの短期移籍を目指しているという。
「去年のヤンゲンは(チャンピオンズリーグに勝って)自分が乗っかった形でCWCに出場したので、今年はどうしても出場を決めるところからやってみたいんです」
8月に入ってからは軽いジョギングを始めていくという。
松本光平は、ピッチに立つことを疑わない。
どうにか成功に持っていくことを疑わない。
その人生訓は、サッカーが授けてくれたものにほかならない。
(前編「読むとなぜか元気に。失明危機のフットボーラー・松本光平の告白」は下の関連記事からご覧ください)