サムライブルーの原材料BACK NUMBER
読むとなぜか元気に。失明危機の
フットボーラー・松本光平の告白。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byYuki Suenaga
posted2020/08/06 20:00
朗らかにインタビューに応じた松本だが、左目の視力はかなり落ち、右目はほとんど見えない状態だ。
医師は「もう手の施しようがない」。
右目は見えなくなり、左目もおぼろげに見えるだけ。
すぐに病院に運ばれると「もう手の施しようがない」と医師に告げられる。
「選手寮に引っ越して1週間くらいで、全体練習が再開する数日前でした。外国籍選手の家族も住んでいて、その子供たちも留め具を使ってぶらさがる遊びをしていたんで、何よりも子供たちじゃなくて良かったなと。もし事故で命を落とすことがあったら、それこそ僕は立ち直れない」
強くて、飾らない人だ。
自分のことだから立ち直れる。
サッカーができないなんて一切考えない。
「だって12月のCWCに出たいですから」
契約を結ぶマネジメント事務所の手配で横浜の眼科を受診できることになり、5月31日に帰国した。医師から「手術をしても右目が回復する可能性は1%くらい」と説明を受けたが、99%回復しないほうに彼は意識を向けない。1%の可能性に託してすぐさま手術をお願いした。
「だって12月のCWCに出たいですから。早く復帰するには、早く手術してもらったほうがいいので」
1週間後の手術は無事成功した。最悪、摘出の可能性もあった自分の眼球を残せたという意味で。視力が回復できるかどうかはこれからの話にはなる。手術後の2週間はずっとうつ伏せ状態をキープしなければならなかったという。
「ガスを入れているので眼のレンズに当たってしまうと白内障になってしまうそうです。だから死ぬ気でうつ伏せになっていましたよ。最初の3日間は(目が)痛くて仕方がなくて、その次は(顔をうずめる)マットが皮でおでこが痛くて……でも柔らかいマットにしてもらってからは割と快適でした」