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プロ野球選手→メンタルコーチ。
今浪隆博が「うつ」に気づいた日。 

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佐藤春佳

佐藤春佳Haruka Sato

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photograph byHaruka Sato

posted2020/07/17 10:00

プロ野球選手→メンタルコーチ。今浪隆博が「うつ」に気づいた日。<Number Web> photograph by Haruka Sato

日本ハム、ヤクルトで活躍し、2017年に引退した今浪隆博。現在はメンタルコーチの肩書きを持つ。

今でも野球の手袋をすると蕁麻疹が。

 橋本病の症状の1つである抑うつ症状ではないかと疑い、何度も病院に足を運んだが検査結果はいつも「甲状腺の数値は正常値」というものだった。セカンドオピニオンも求めたが、どこに行っても同じように「数値は安定しているし薬も飲み続けているから、症状的には問題がない」と言われ続けた。

 いま振り返れば、当時の不調が橋本病という「体」の病気ではなく「心」に起因していたのではないかと思える兆候はあった。苦しみを抱えながら'17年シーズンは一軍で7試合に出場。しかし、後半戦に腰を痛めるなど、故障で離脱すると途端に、不思議と心が軽くなったのだ。

「クビになりたくないから無理してでも試合に出なきゃいけないはずなのに、試合から離れると何故か心がどんどん回復していくんです。周りからも“ナミさん笑えるようになったね”と言われたり……」

 この“条件反射”の名残りは、現役を引退した今でも顔を出す。

 昨年7月、ヤクルトのOBが集結して神宮球場で行った「DREAMGAME」に出場した翌日には原因不明の蕁麻疹がでた。

「体調も良くて、久々の試合で懐かしい顔にも会えて本当に楽しかったのに、症状は出る。自分でも不思議です。今でも軟式野球の練習で野球の手袋をはめると蕁麻疹がでる。ゴルフの手袋だとそんなことないんですけどね(笑)」

専門家の理論が、綺麗事に聞こえた。

 あの時「心の病気」を疑って、きちんと対処できていたら、という悔いは今なお残っている。当時、さまざまなメンタルトレーナーを訪ね話を聞き、果ては神頼みやスピリチュアル的なものにも頼ろうとしたが、それらの人々の言葉は今浪の心に全く届かなかった。相手は確かに知識や理論を学んだ専門家ではあるが、トップアスリートとしての経験はない。

「理論はよくわかるけれど、机の上だけの綺麗事に聞こえてしまった。プロの競争社会は汚いこともあるし、教科書通りの世界じゃない。あなたはトップアスリートの世界を実際に知らないでしょ、と思ってしまうんです。誰かに助けてほしい。でも理解してもらえない。そうこうしているうちに自分を救うための手段を探すことを諦めてしまった。

 もちろん、僕と接してくれた専門家の方々が悪いとか力不足とかではありません。ただ、もしあの時、元トップアスリートでメンタルの専門家がいたとしたら必ず会いにいっていたし、僕は野球を続けることが出来たかもしれない。ちゃんと納得して“野球を完結させること”ができたんじゃないかな、と思うんです」

【次ページ】 4万人に見つめられるダメージ、恐怖。

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