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清原和博、伝説の決勝を再び見る。
「神様がお膳立てしたんだなって」
posted2020/08/08 11:40
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Katsuro Okazawa/AFLO
NumberWebでは、こんな時期だからこそもう一度読んでいただきたい過去の『Sports Graphic Number』(Number958号/2018年8月「夏の甲子園 史上最強高校を探せ」)の記事を、特別にWeb上にて公開することにいたしました。
今回は2018年に、清原和博氏が伝説となった宇部商との決勝戦をテレビ映像で振り返った時の言葉を紡いだ貴重な記事です。
1985年の決勝を戦った宇部商の監督・玉国光男は、今でも不思議に思っていることがある。
《あの次の日、新聞を見てびっくりした。バットを持って喜んでいる選手なんて初めて見たから。
なぜでしょう。手から離れなかったんじゃないですか。バットを持っていることを忘れて。そうとしか思えない》
試合はPL学園がサヨナラ勝ちするのだが、仲間と抱擁する輪の中で、4番打者・清原和博はバットを握ったままであり、それを天に突き上げているのだ。
その理由が玉国にはわからない。
もっとも、清原と共にいたからわかるというものでもない。結局、答えはないのだ。
何しろ本人でさえ、わからないのだから。
ただ、1つだけ確かなのは、清原が今、あの瞬間を追い求めているということだ。もう一度、あの心模様になるために、33年前の夏を追いかけているということだ。
「僕と桑田には、本人たちにしかわからないものが」
清原が画面の前に腰を下ろす。
目の前に1985年の夏が映し出される。8月21日、快晴。緑芝の眩しい甲子園。空にはちぎれ雲が浮かんでいる。
50歳の清原がそれをじっと見ている。表情はない。薬物依存とそれにともなった鬱病との闘いによって、失われた。感情のない顔のままじっと、全てが美しく完結されたあの日を見つめている。
ゲームが始まる。マウンドには桑田真澄がいた。いきなり先頭打者にヒットを浴びた。2回には四球をきっかけに1点を先制された。苦しそうな顔である。
清原には、この決勝戦の舞台設定のようなものとして、桑田の苦悶と重苦しさが思い出される。
「桑田は連投、連投でかなり疲れていました。ギリギリのところで投げているのはわかりました。だから、なんていうか……、初回から、ずっと押されている感じがして、そういう雰囲気は初めてでした」
3回、桑田は相手の9番バッターに四球を与えてしまう。1球ごとに深呼吸し、天を仰ぐが、1つのストライクも取れない。自分に呆れたようにかぶりを振る。
ここで、一塁の清原はマウンドの桑田に歩み寄り、声をかけている。
「周りの人たちはいろいろなことを言いますけど、僕と桑田には、本人たちにしかわからないものがあったと思います」
画面の中の2人について、清原は言った。盟友か、宿敵か。この30年あまり、愛憎が絡み合ってきた両者の関係について規定できる者はおそらく誰もいないだろう。