濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
すべてを背負い、勝った“エース”。
K-1武尊が流した涙の重さ……。
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byTakao Masaki
posted2020/03/24 20:30
試合後のマイクアピールで涙した武尊。「見ている人たちにパワーを与えられたらと思って……」という一念だった。
急遽変更した対戦相手、実は強敵だった。
タイのペッダム・ペットギャットペットを2ラウンドKOで下した直後、彼は涙を流した。
マイクを握り、ファンにメッセージを発する途中も声を詰まらせた。それはK-1を背負うエースとしての涙だった。
この日、武尊はモロッコのアダム・ブアフフと対戦する予定だった。武尊がK-1王座、ブアフフがISKA王座をかけてのダブルタイトル戦だ。しかし大会直前になって、ブアフフの欠場が決まる。これもコロナウィルスの影響だった。
史上初のダブル王座戦から一転、“代打”との対戦。しかし、その代打はタイでベルトを巻いたことのある選手だ。武尊も研究不足で試合に臨むしかなく、ムエタイ特有のインサイドワークに持ち味を殺されて消化不良の内容に終わる危険性もあった。
そういう試合で何事もなかったかのようにKOできてしまう武尊に、まずは感服した。
試合前、突発性難聴にもなっていた。
試合後の涙は、自分でもうまく説明できないようだった。
理由はと聞かれれば、いくつもあった。対戦相手が変わったこと。そもそも大会を開催していいのか、試合をしていいのか。「これまで言われてきた試合」のこともあった。ファンが対戦を熱望する那須川天心戦だ。
K-1と自分にまつわるすべてを受け止めて、武尊はリングに上がっていたのだ。
「もらった意見を排除する作業ができなくて、全部飲み込んでしまうんです」と武尊。
試合の1週間ほど前から、突発性難聴で右耳が聴こえなくなってもいた。本人は明言していないが、原因はやはりストレスではないか。そのこともあり眠れない日々が続いたとも言う。