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2014年のドラ1・松本裕樹が変貌!
自己最速の152kmが証明したもの。 

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田尻耕太郎

田尻耕太郎Kotaro Tajiri

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photograph byKyodo News

posted2020/03/21 11:30

2014年のドラ1・松本裕樹が変貌!自己最速の152kmが証明したもの。<Number Web> photograph by Kyodo News

オープン戦で好調を維持し、先発ローテの「6枠目」を争っている松本裕樹。

大谷翔平を見て、二刀流はあきらめた。

 加えて、野球センスの高さをとにかく評価されていた。投げてもすごいが、打っても大活躍だった。高校通算54本塁打をマークしている。

 岩手といえば、2学年上には花巻東高の大谷翔平がいた。二刀流の先駆者が誕生したことで、松本にも同様の期待がかかった。なかには「今でも打者として通用する力を持っている」と評する者さえいる。しかし、松本の気持ちには周囲の評価に比べればずいぶんと温度差がある。何を隠そう、松本に二刀流を諦めさせたのは大谷だった。

 高校1年の春だった。春季東北大会の準々決勝で花巻東と激突した際に、松本は背番号11ながら先発を任されて大谷と対戦していた。その試合の5回だった。投じた渾身の1球は、大谷のフルスイングの餌食となった。遥か頭上を越えた白球は青森市営球場のバックスクリーンにもの凄い衝撃音とともに直撃したのだった。

「本当にもの凄い打球でした。やっぱり特別です。ああいう人が二刀流をやれるんです。僕のバッティングなんて全然大したことない。もしかしたらソコソコは出来るかもしれないけど、結局ソコソコでしかないですから」

最後の夏に痛めた右ひじ。

 投手・松本は高校屈指の右腕として全国に名を轟かせた。この年の高校ナンバーワンとして呼び声高かったのは安樂智大(済美高→楽天)、即戦力トップは有原航平(早稲田大→日本ハム)と同じ右腕が高評価を集めたが、じつはホークスはかなり早い段階から松本1位指名を決めていた。

 一方で他球団は1位で指名しなかった。松本は最後の夏の県大会でも快速球を連発して甲子園行きを果たしたが、その途中で右ひじを痛めてしまった。

 いざ乗り込んだ甲子園では剛腕には程遠い姿だった。カーブやスライダー、チェンジアップを駆使。それでも当時優勝候補筆頭だった東海大相模高に対して完投勝利したのだ。ホークスはそのセンスにも惚れ込んだが、やはり故障を嫌う球団の方が多かったようだ。

 プロ入り後も1年目は一、二軍ともに登板なし。3年目には一軍で15試合、うち10試合に先発で登板してプロ初勝利を含む2勝を挙げたが、かつての球速は残念ながら見られなかった。

【次ページ】 転機になった、2019年1月。

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