松岡修造のパラリンピック一直線!BACK NUMBER
日本代表の高田千明と大森盛一コーチ。
東京パラで叶えたいことを修造に語る。
text by
松岡修造Shuzo Matsuoka
photograph byNanae Suzuki
posted2020/03/16 07:00
ひとりの夢が多くの他の人の夢や未来につながる……高田千明が目指す夢は周りを幸せにしているようだ。
「様々な人たちが集うクラブにしたくて」
松岡「今の話を聞いて、初めて読者は大森さんを良い人だと思ったかもしれない。だって、さんざん厳しいことを言ってきたから(笑)。でもほんと、その意見は僕も同感です。記録以上に注目するところがあるんですよ」
高田「いや、でも、私は記録にも注目してもらいたいですけどね(笑)」
松岡「ごめんなさい。それはそうだ。記録と、選手個々のストーリー。その両方を僕たちは伝えていかなければいけない。ほんといつも思うんだけど、パラアスリートの方に話を聞いていると、こっちが勇気をもらうんです。大森さんは今、『アスリートフォレスト トラッククラブ』の代表ですね。これはどういう思いでつけた名前なんですか」
大森「自分の名前が大森だから、大きな森。それに引っかけてフォレストと。もう1つは、様々な人たちが集うクラブにしたくて。うちは健常者も障がい者も一緒に練習していて、知的障害の方もいればハーフの方もいる。すごく賑やかですね」
高田「たまに『ここはハーフじゃないと入れないんですか』って言われているもんね(笑)」
大森「それくらいハーフ率が高い。でも、陸上競技をやるのに肌の色なんて関係ないじゃないですか。僕はあくまでも陸上競技の魅力を伝えたいのであって、うちのチームに来ても楽しい練習はないんです。あくまでも陸上の練習を教えるから、楽しさは自分たちで見つけてよって。この人のように(笑)」
松岡「森の中にはたくさんの樹があるけど、間違いなく一番大きな樹は大森さんでしょう。そして輝く樹が千明さん。東京でぜひ夢を叶えてください。応援してます」
(構成:小堀隆司)
高田千明(たかだ・ちあき)
1984年10月14日、東京都生まれ。パラリンピック陸上競技選手。専門は走り幅跳びと100mで両競技の日本記録保持者。パラリンピックにおける障害クラスはT11(視覚障害・全盲)クラス。2020年東京パラリンピック走り幅跳びの日本代表に内定している。2018年アジアパラ競技大会で走り幅跳び銀メダル。'17年世界パラ陸上競技選手権大会で走り幅跳び銀メダル。'14年アジアパラ競技大会で走り幅跳び銀メダル。'11年、IBSA世界大会で200m銀メダル、100m銅メダル。ほけんの窓口グループ所属。
大森盛一(おおもり・しげかず)
1972年7月9日、富山県生まれ。'92年バルセロナ五輪1600mリレー日本代表。'96年アトランタ五輪では400mと1600mリレーに出場。リレー決勝ではアンカーを走り、64年ぶりの5位入賞を果たす。このときの日本記録3分0秒76は現在も破られていない。日本選手権では'94、'96年に400mで優勝。2000年に引退。'08年に陸上クラブ「アスリートフォレスト トラッククラブ」を設立し、サニブラウン・ハキーム選手を指導した実績も。現在は高田千明選手のコーチ、ガイドランナー兼コーラーも務めている。