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超一流商社を辞めて「海のF1」へ。
笠谷勇希がシェアハウスで見る夢。

posted2020/03/14 08:00

 
超一流商社を辞めて「海のF1」へ。笠谷勇希がシェアハウスで見る夢。<Number Web> photograph by Sail GP

世界で7カ国しか出られないレースに、日本は堂々と名を連ねている。笠谷勇希もそのクルーの一員だ。

text by

中村計

中村計Kei Nakamura

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Sail GP

「世界最速の音」だった。

 フィーーーーー、フィフィーーーーーーン。

 ヨットが目の前を滑るように通過するたびに聞き慣れない高音が耳朶に響く。金属製の細い管に風を通した音のようにも、遠くで無数の風鈴が一斉に揺らいでいるような音にも聞こえた。

 チーム1の「マッチョ」である笠谷勇希はレース後、興奮冷めやらぬ様子で語った。

「あの音、夜になっても、耳鳴りみたいにずっと残ってるんです。夢にまで出てきますよ」

 海のF1と称されるセールGPのヨット「F50」の最高速度は、54ノット(約100キロ)にも達する。F50は細長い船を横に2艇並べた形をしている。このタイプはカタマラン(双胴船)と呼ばれ、モノハル(単胴船)よりも空気抵抗が少なく軽量なためスピードが出やすい。風の力を利用して走るヨットは基本的に無音だが、F50はそのスピードゆえ、近づくと船体が空気を切る不思議な音色が聞こえるのだ。

ヨットは完全に浮いた状態。

 F50の「F」はフォイリング(浮上走行)を意味するように、レース中、風速3、4メートルほどの風が吹いていれば、ヨットは海面から完全に浮き上がった状態で走り続けることができる。ちなみに「50」は船の長さが50フィート(約15メートル)であることを意味している。

 F50は艇の中央部に取り付けられたエル字型の2本のフォイル(水中翼)と、艇の前部に設置された2本のラダー(方向舵)、つまり「4本の足」を水中に沈めたり、引き抜いたりすることでスピードをコントロールし、かつ船のバランスを保っている。その様子は、さながら4本足の巨大なアメンボが海面を疾走しているかのようだ。

【次ページ】 世界で35人しか味わえないスリル。

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笠谷勇希

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