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田口良一が歩んだボクサー人生と縁。
王者への道と井上尚弥、田中恒成。
text by
谷川良介Ryosuke Tanikawa
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2020/03/01 18:00
昨年の12月10日、引退式の臨んだ田口良一。内山高志(右)や洪トレーナー(中央)ら、ジムでお世話になった人々が集い、笑顔があふれた。
「負けたけどいい試合ができたんだな」
「田口って日本チャンピオンいるだろ? あれ、この辺の生まれらしいぞ。どうやら筋がいいらしい」
その頃、ボクサー田口は地元の飲み屋でも話題の中心だった。それどころか、井上とのマッチメイクは村田諒太のプロ転向初戦とともに、日本タイトルマッチとしては異例となるゴールデンタイムで中継された。しかし、その主役は王者ではなく、プロデビュー後に3連続KOと快進撃を続ける怪物である。それでも田口は代名詞となる「粘り」を見せつけた。
序盤から圧倒する井上に、田口は必死に食らいついた。パンチをもらっても前に出る。勝つためにリングに上がる王者は、最後まで足を止めず、井上がやや攻め疲れした後半は驚異的な追い上げを見せて判定まで持ち込んだ。勝敗は明白、だが試合終了を告げるゴングと重なるように送られた拍手は、挑戦者だけに向けられたものではなかった。
「リングの上で会長から『次は世界戦やるぞ』って声をかけてもらって、あ、負けたけどいい試合ができたんだなって。あの一戦は井上くんのおかげで今でも評価してもらえる。思えば、あそこで黒田くんに勝って日本チャンピオンになっていたら、その後の防衛戦で負けていた可能性もあっただろうし、彼も日本ランク1位まで上り詰めたタイミングだったからこそ対戦が実現した。井上くんとの試合は自分にとって大きかった。巡り合わせというか、不思議な縁があったと思う」
田口に言わせれば、井上は「1人だけドラゴンボールの『精神と時の部屋』にいるみたい」。それほど段違いの速さで駆け上がる怪物に対し、田口は着実に歩みを進めていく。
夢に見た世界はあっけなかったけど。
世界を制したのは2014年の大晦日。井上戦の敗戦を引きずることなく、2戦勝利して得た挑戦権だった。相手はペルーのアルベルト・ロッセル。3-0の判定で勝利をもぎ取った。それでも田口は「悔しかった」と切り出し、こう続ける。
「井上くんだったら絶対KOできただろうな。ダウンを2回も奪えたし、判定時は勝ったと確信があった。でも内容に納得がいかなくて。映像を見ればわかりますが、あの瞬間笑ってないんですよ。世界を獲ったチャンピオンの表情があんなに不満顔だったら絵になりませんよね。内山さんからも『もっと喜べよ』と言われました」
夢に見た世界はあっけなかった。自分を満足させるほどの手応えはなかった。でも、それは田口の進化の証でもある。一歩のようになりたいとボクシングを始めた少年は、初めてグローブをつけた大田体育館でベルトを巻いた。