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田口良一が歩んだボクサー人生と縁。
王者への道と井上尚弥、田中恒成。 

text by

谷川良介

谷川良介Ryosuke Tanikawa

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photograph byHiroaki Yamaguchi

posted2020/03/01 18:00

田口良一が歩んだボクサー人生と縁。王者への道と井上尚弥、田中恒成。<Number Web> photograph by Hiroaki Yamaguchi

昨年の12月10日、引退式の臨んだ田口良一。内山高志(右)や洪トレーナー(中央)ら、ジムでお世話になった人々が集い、笑顔があふれた。

洪東植トレーナーと運命の出会い。

 高校卒業が近づくにつれ、進学する者、就職する者と遊び仲間が続々と進路を決めていく。周囲には「ボクシングをする」と口にするものの、練習どころかジムも決まってない。自分の弱さに気付いたとき、一歩の姿を思い出した。

 もう一度、ボクシングと向き合わないと――。

 深い霧に光が差す時は、偶然のようでいつも必然である。山手線の車窓からワタナベボクシングジムの看板が目に飛び込んできた。

「直感です。正式に決まる前から五反田でアルバイトも始めてたくらいでしたから」

 日にちも覚えている。2005年5月9日。見学を済まして、翌日には練習を開始。もし山手線の端っこの車両に乗っていなかったら、もし反対の方向を向いていたら、ワタナベに入ることはなかったかもしれない。ドラマっぽくしすぎだねと、田口はいたずらに笑った。

 導かれるようにワタナベジムの門を叩いた田口は、そこで洪東植トレーナーと出会う。洪はすぐに田口を質問攻めにした。リーチの長さを測り、どんなスポーツ経験があるかと尋ね、ぎゅっと腕を掴み、連れられた先は会長室だ。

「この子を強くします、世界チャンピオンにしますって。漫画みたいですよね。初めて認められた気がしたというか」

ワタナベジムでの寮生活で得たもの。

 強烈に背中を押された主人公は、ようやく物語の一歩を踏み出した。1年目は毎日ジムに通い、そのうち週6日はマスボクシングに取り組んだ。田口が声をかけづらそうにしていると、洪がいつも対戦相手を呼んできた。手数を打つ田口の礎はその1年間でつくられたと言ってもいい。

 洪はもともとアマチュア界で名を馳せたボクサーだった。張正九という防衛記録「15」を誇る韓国人に対して2戦2勝(アマ時代)の実績を持っている。張は洪の存在を恐れてプロ転向を決意したという逸話があるほどのボクサーであった。

「すごく熱い人。プロとしての姿勢を教わりました。自己管理、プロ意識、謙遜の3つを言われ続けました」

 そんな洪は田口に対して、何度も何度もワタナベジムの寮に入ることを勧めた。15時ジム→18時アルバイト→深夜に多摩川を走るというルーティンを崩したくない田口は何度も嘘をついて断ったが、しつこい洪に根負け。冬にはアルバイトを辞め、寮生活が始まった。毎朝5時45分起き。暗い早朝からみんなでストレッチが始まる。

 3人部屋からのスタートだった。部屋ではみんなトイレを開けっぱなし。その音で起こされることもあった。3畳の1人部屋に移っても、誰かが廊下を歩けばミシミシと音がして、プライベートはない。練習もきつい。

「それでも、不思議なもんで慣れると平気で。後々、広い部屋への移動を勧められたけど、断るぐらい快適になりました」

 洪は田口に足りなかった自分を律する力と1つのことに打ち込むプロセスを、寮生活を通して植え付けたかったのだろう。

【次ページ】 全日本新人王、コーチとの別れ。

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