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梁勇基が明かした鳥栖移籍の理由と
仙台の21歳へ「あえて重圧をかける」。
posted2020/02/26 20:00
text by
杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph by
J.LEAGUE
38歳を迎えて、初めての移籍である。プロ16年、一筋で過ごしてきたベガルタ仙台を離れ、今季からはサガン鳥栖のために心血を注いでいる。1月の沖縄キャンプから梁勇基は18歳の若手とともに走り込み、練習後には晴れやかな笑みを浮かべていた。
「新鮮やし、フレッシュな気持ちで1日1日を過ごせている。こうしてサッカーできるのが一番ありがたいこと」
昨季終わりに仙台から契約満了を告げられたが、引退してクラブに残る道も用意されていた。J2で6シーズン戦い続けてJ1昇格を果たし、J1では優勝争いもACL出場も経験。クラブへの思いは相当なもの。地元は大阪ながら「第二の故郷」と話すほど仙台の街に根を下ろし、結婚して妻との間には4人の子どもをもうけた。
チームで出場時間が徐々に減り、メンバー外が続いた時期には、仙台で引退の二文字も一瞬頭をよぎったが、すぐにかき消した。練習では十分に体は動いていた。すんなりとスパイクを脱ぐ気持ちにはなれなかったのだ。
「まだやれる自信はあったし、ここで辞めれば、絶対に後悔すると思った。環境を変えても、燃え尽きるまでサッカーがしたかった」
「次の10番は僕がつけたいです」
ベガルタ魂をある21歳の生え抜きに託し、静かに仙台を去った。直接連絡を入れたのは、期限付き移籍で徳島ヴォルティス、カマタマーレ讃岐、レノファ山口を渡り歩き、今季から仙台への復帰が決まっていた佐々木匠である。
「レンタルに出る前に、『次の10番は僕がつけたいです』と俺にわざわざ言いに来たヤツやから。それくらいの思いを持っているなら、もっと活躍してもらわんと。だから、あいつに言った。『あえてお前にはプレッシャーをかける。今季は絶対に活躍しろよ』って」
ベガルタのアカデミー組織で育ってきた佐々木は、幼い頃からユアテックスタジアムで躍動する10番に特別な思いを抱き続けてきた。アイドルの話になれば、自然と目も輝く。
「ヨンギ(梁勇基)さんは一番大好きな選手。仙台の象徴としてプレーしてきた姿にずっと憧れていました。僕もヨンギさんのように、苦しいときにチームを救える選手になりたいんです。ヨンギさんには『俺なんかじゃなくて、もっと上を目指せ』と言われましたが、いまも僕の目標です。追い越せるように努力します。10番を背負えるように今季は結果を残したい。クラブには空き番号にしてもらっているので」