フィギュアスケートPRESSBACK NUMBER
フィギュア演技後の投げ込み禁止で
思い出す、無良崇人と一輪のバラ。
text by
長久保豊Yutaka Nagakubo
photograph byYutaka Nagakubo/The Sports Nippon
posted2019/12/30 20:00
2019年12月、トリノでのGPファイナル女子フリー。地元猟友会? もとい、フラワーガール・ボーイたちに捕獲された巨大クマ。
昭和のプロ野球の現場では……。
実はプロ野球を主戦場としていた私にとって、フィギュアスケート会場のプレゼント投げ込みは嫌いではなかった。
1980~90年代、プロ野球の荒れた試合で投げ込まれる物といったら……。紙コップに入ったビールや100円ライターなんてのはかわいい方で、発煙弾などの危険物、ラジカセから三輪車に至る粗大ゴミ、煮え煮えの酔っぱらいといった生モノまで、憎悪をてんこ盛りに宿した物ばかりだった。
しかも怒声とともにグラウンドに投げ込もうとする物の大半はそこまで届かずカメラ席に落下するのだ。
ビールを頭からかぶるのは日常茶飯事、三輪車の直撃を受けたカメラマンは骨折した。「お客さん、明日はきっと勝つからさ。席に戻ってよ」と乱入した酔っぱらいをなだめるのも仕事だった。
降ってくるのは善意と愛情。
それにひきかえフィギュアの世界は天国だ。降ってくるのは善意と愛情。その思いは全日本選手権を取材するようになってより強くなった。
ここをラストダンスの舞台にと決めたスケーターたちがいて、それを見守ってきた家族、友人たちがいる。ここに立つまでどれほどの時間を費やしてきたのか。その姿を知っている人たちが「今後の人生に幸あれ」と投げ込む花。日本のフィギュアスケートのいいときも悪いときも知っている常連さんが「きょうは10本だけ」と決めた上で「いい演技をありがとう。ブラボー」と1本ずつ投げ込む花。ご贔屓の選手に「きょうも見ていましたよ」と献身的に伝える花。
感動こそすれ悪い感情を抱くはずもない。だから少し寂しい。
今大会で会場のファンたちはルールを順守し投げ込みは行わず、設置されたプレゼントボックスの前に長い列を作った。ごった返すさまは初詣のようだったと現場から報告があった。
ファン同士が指摘しあうなどして決められたルールにはきっちり従うということを立証したのだ。羽生結弦選手もフリー後のインタビューでは感謝の意を示している。