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「ハッキリ言って話にならない」温厚な木原龍一が“苛立っていた”五輪前のウラ話…「向上心が自分を苦しめて…」じつは訪れていた“りくりゅう最大の危機”

posted2026/03/09 11:00

 
「ハッキリ言って話にならない」温厚な木原龍一が“苛立っていた”五輪前のウラ話…「向上心が自分を苦しめて…」じつは訪れていた“りくりゅう最大の危機”<Number Web> photograph by AFLO

2024年のGPファイナルに出場した三浦璃来・木原龍一

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NumberWeb編集部

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結成7年目でついにオリンピックの頂点を手にした三浦璃来・木原龍一。“りくりゅう”が日本中を熱狂させるまでには、長く険しい道のりがあった。じつは五輪前に訪れていた“最大の危機”を本人たちの言葉から紐解いた記事の短縮版をお届けします。

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「表彰台に戻れたことはやっぱり素晴らしく思いますし、うれしく思います。けど、内容的には、はっきり言って話にならないレベルだった」――グランプリファイナル表彰台という成果を前にしても、木原龍一の表情は硬く、苛立ちを隠せずにいた。

 ミラノ・コルティナ五輪の金メダルに至る道のりで、りくりゅうペアは大きな危機を迎えていた。それは2024-2025シーズンのことである。前シーズンに木原が腰椎分離症で苦しんだ分、意気込みは強かった。だがそれが空回りしてしまう。

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 グランプリファイナルでは、ショートプログラム2位で迎えたフリーでジャンプの転倒などミスが続出。演技を終えると木原は落胆から膝に手をつき、三浦が肩に手を添える場面があった。結果はフリー3位、総合2位。その後の全日本選手権で優勝したものの、キスアンドクライでの表情に明るさはなかった。

怪我の空白が生んだ“向上心の罠”

「最初はトップの選手たちと滑れることがすごくうれしかったんですけど、試合を重ねるたびに、『少しでも上に行きたい』っていう向上心が逆に自分を苦しめてしまっていて」と木原は振り返る。怪我で生じた空白期間の分、巻き返してより高みを目指そうという気持ちが強くなりすぎていたのだ。

 パートナーの三浦璃来も「やっぱり龍一くんの顔色をうかがっていました」と当時を語る。強固な信頼関係で結ばれたペアだからこそ、一方の苦悩は相手にも波及していく。引っ張っていく立場にあった木原の影響は、三浦にも大きかった。

 この“りくりゅう最大の危機”を、二人はどう乗り越えたのか――? つづきは記事本編にて詳しく描かれている。

〈つづく〉

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 この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。

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